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【写真説明】最後に出会うのは第29号油井。開坑時間は1923年(大正12年)8月25日、廃井時間は1974年(昭和49年)年8月4日。第18号油井と同じ頓鉆式(C式)。歩道が平坦になった見通し..
【写真説明】次に出会うのは第93号油井。開坑時間は1939年(昭和14年)8月17日、廃井時間は2002年(平成14年)年7月2日。テラスが組んで展示されている。油井の汲み取り方式が種々あるよう..
【写真説明】前回記事で述べたように、古油井歩道上には三基の古油井が残されている。最初に出会うのが、第18号油井。竹藪の中に朱色の流線形の鉄パイプが覗いている(左写真)。出来るだけ近くまで踏み入..
【写真説明】さて愈々古油井歩道を歩くことにする。傾斜角60度の地上ケーブル軌道を中心にすると、この軌道を歩いて登れる部分の一番高い場所に現代の油井の鉄塔が一基立っている。以前書いたように、そこ..
【写真説明】南寮の残りの宿舎群、即ち、四、八、十八号は所謂長屋であり、磺夫専用である。今回写真を掲載したのはその中で保存状態が最も良い第八号宿舎(左、中央写真)で、現在は一般の方の作業小屋、倉..
【写真説明】前回記事で紹介した「北寮旧弁公室」の北寮とはつまり旧日本石油苗栗製油所敷地内の北側と謂う意味であろう。これに対し、「日式宿舎」が集中しているのは、同敷地南側(南寮)で、そこに四、六..
【写真説明】左写真は、中油探採事業部採油工程処内のシンボル的な採油工員の塑像と「地軌式纜車道」、後者は総軌道長500メートル、傾斜角60度の今は工業古蹟である。纜車とはケーブルカー、通常ケーブ..
【写真説明】左写真は、台湾油磺陳列館傍に立てられた敷地内の絵図、大分草臥れているが、左側下に赤字で「『出磺坑』油田は優に一世紀半の歴史を有し、台湾石油採掘発展の歴史の花形である。当地は、世界最..
【写真説明】国道1号線と3号線の連絡道である快速公路27号線の南側(左写真)に「出磺坑」(中央写真)と謂う地名があり、市販地図帳ではその地点に「台湾油磺陳列館」(右写真)の表記がある。博物館で..
【写真説明】今回紹介するのも予期せずに出食わした日本時代の遺物である。アミ族文化発祥紀念碑の在処を探している際、富田市街地東側の車道兼観光道(下掲写真:花蓮県道193号、嘗ての磯崎越嶺古道の一..
【写真説明】左写真は花蓮県光復郷北富村富田にあり通称「富田納骨碑」と呼ばれる納骨碑入口。プレートのローマ字表記は花蓮県観光局の公式サイト内では「Kakita^an」とか「Kakita’an」と..
【写真説明】市販地図帳には富田付近に「アミ文化発祥紀念碑」の表記があったので、それを目指した。車道の先に大きな門が出て来たが、その最上部に掛かった「太巴塱引霊祭祖儀場」、つまり祖霊祭儀場の看板..
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