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大鳥圭介」 の検索結果 236 記事
野口武彦『幕府歩兵隊―幕末を駆けぬけた兵士集団』を読む。 「幕府歩兵隊は,幕末激動期を駆け抜けていった兵士集団である。  その運命は数奇をきわめた。幕末も押し迫った文久二年(186..
ずいぶんと日が開いてしまいました。 「広報かみごおり」にて、平成21年5月のから平成25年3月の4年間にわたって、時系列に各月連載させいただいた大鳥圭介伝記「真摯の人」を、以下のページに纏め..
氏家幹人『旗本御家人』を読む。 巻末で,この本が書かれたころ話題になった,例の「死亡届を出さす,年金を受け取っていた」ことに絡んで,「憤まんやるかたない気持ちになった」かもしれないが,として..
 閣僚8人のうち4人までは後に赦免され、新政府に仕えている。榎本武揚はじめ大鳥圭介、荒井郁之助、永井玄番守(尚志)だ。  榎本は、その能力を高く買ってくれた黒田清隆の協力で、蝦夷地開拓使となり、その..
 歳三は、すでに、この日の戦場を境に、近藤や沖田のもとに行くことを心に決めていた。ここ数日、うかつに生きてしまえば、榎本や大鳥らと共に降伏者になることは明白だった。 (彼等は降れ。おれは長い喧嘩相手..
 大鳥は後に外交官になった男だけに、どんな場合でも論理は明晰であった。  「君は」 と、歳三は云った。  「籠城説をとっている。籠城というのは援軍を待つためにやるものだ。我々はこの国のどこに味方..
 一方、新政府軍の司令部では、すでに五稜郭の本営に対し降伏勧告の準備をしつつあり、正式な招降使を出す前に、五稜郭出入りの商人を通じてうわさ程度のものをしきりに流して城内の反応を打診しようとした。  ..
 箱館政府の海軍は5月7日、全滅した。ために新政府軍艦隊は全艦、箱館港に入った。五稜郭本営では、海軍全滅の日、もっとも緊張した空気の中で軍議が開かれた。  「(降伏か、籠城かを)どうするか」 とい..
 周りの将兵は、予想していた以上の敗色を、榎本の涙で悟った。さらに、帰営して驚いたのは、大鳥が率いていた幕府歩兵が数百人脱走してしまったことだ。  どうせ根は武士ではなく、江戸、大坂でかき集めてきた..
 歳三の二股陣地に各地の敗報が続々届いていた。17日松前城が陥落、22日には、大鳥圭介が守る木古内陣地(箱館湾まで海岸線7里の地点)が陥ち、このため新政府軍艦隊は直接、箱館港を攻撃する態勢をとり始めた..
 五稜郭へ戻った歳三は、榎本、松平、大鳥から戦況を聞いた。  「江差は落ちた」 大鳥が言った。無理はなかった。乙部に上陸した新政府軍は2000人で30人の守備隊は瞬く間につぶれた。  3里向こう..
 早速、分散兵力の集中化が行われた。数日で完全集中化が終わり、歳三と大鳥は、それぞれ兵500名を引き連れて別路、進発した。  大鳥は木古内へ。  歳三は二股口へ。 その間、松前守備隊は、心形一刀..
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