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尚巴志伝」 の検索結果 95 記事
年が明けて、永楽5年(1407年)になりました。 思紹が中山王になって初めての正月は、明国の堅苦しい着物を着ての新年の儀式から始まりました。 百浦添御殿(正殿)を背にして、中山王思紹、王妃、世子の..
攻め落とした中グスクにはクマヌが入って、中グスク按司になりました。 越来グスクには美里之子が入って、越来按司になりました。 勝連グスクは8歳の若按司が成人するまで、サムが後見役として入りました。 ..
首里の城下町造りを始めてから半年余りが経って、大通りに面して建つ屋敷はほとんど完成して、ようやく都らしくなってきました。 浦添グスクの侍女だったナーサの念願もかなって、「宇久真」という立派な遊女屋も..
サハチ(尚巴志)とマチルギは毎年の恒例の旅で、慶良間の島に行きました。 慶良間の島で、思紹が秘密に兵を育てていたので、サハチたちは行く事ができなかったのです。 一緒に行ったのは、ヒューガと馬天ヌル..
ササに案内された屋敷は思っていたよりも立派な屋敷でした。 隣の屋敷に住んでいるおかみさんに連れられて、マウシ(護佐丸)は島添大里グスクの二階建ての豪華な屋敷で、叔父のサハチ(尚巴志)と会います。 ..
島添大里グスクへと向かう山道の途中で、マウシ(護佐丸)は馬天若ヌルのササと出会います。 ササは木の上から飛び降りてきて、マウシの案内をしてグスクに向かいます。 島添大里グスクは山田グスクよりずっと..
第二部は若き日の護佐丸が首里に向かう場面から始まります。 山田按司の次男に生まれたマウシ(護佐丸)は曾祖父と祖父の敵を討って、今帰仁グスクを奪い取るために山の中で厳しい修行を積んでいました。 ..
奪い取った越来グスクを叔父の美里之子に任せて、サハチ(尚巴志)は勝連グスクに向かいます。 勝連グスクは深い霧に被われていました。 サハチは兵を展開して、三つの門を塞ぎました。 馬天ヌルがやっ..
中グスクの城下には信じられない噂が流れていました。 中山王が戦死して、中グスク按司も戦死して、できたばかりの首里グスクは奪われ、浦添グスクは焼け落ちて、今、大軍が中グスクに向かっているという噂です。..
中部の按司たちの兵が、島尻大里グスクの包囲陣から引き上げて行った事を知った、八重瀬按司のタブチは鬼のような顔をして怒鳴っていました。 豊見グスク按司の兵が攻めて来ると、小禄按司、瀬長按司、兼グスク按..
サハチ(尚巴志)が首里グスクを奪い取り、浦添グスクを焼き討ちにした翌日、豊見グスクを包囲していたサハチの弟のマサンルーは東方(あがりかた)の按司たちにサハチのした事を説明して、豊見グスクから撤収します..
サハチ(尚巴志)が首里グスクを奪い取った日の夕方、浦添の遊女屋『喜羅摩』では、早々と戦勝祝いの宴が賑やかに開かれていました。 招待したのは侍女の頭を務めるナーサで、招待されたのは中山王の重臣たちでし..
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