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尚巴志伝」 の検索結果 130 記事
旅から帰って来たササとシンシンが島添大里グスクに来て、見つけたガーラダマ(勾玉)をサハチ(尚巴志)に自慢します。 ササのは赤いガーラダマで、シンシンのは青いガーラダマでした。 島添大里グスクの..
ユリの笛を聞いた佐敷ヌルはすっかり魅了されてしまい、ユリから笛を習い始めました。 ユリはお祭りの準備も手伝ってくれました。 首里のお祭りではサハチ(尚巴志)も笛を披露して、ウニタキも娘のミヨンと一..
正月の末、進貢船が船出して、伊是名親方と一緒にシラーが明国に行きました。 サハチ(尚巴志)の弟の平田大親とクルー、従弟のシタルーも明国に行きました。 八重瀬按司のタブチも乗っていて、タブチは三度目..
マチルギと話したい事がいっぱいあったのに、サハチ(尚巴志)は飲み過ぎてしまい、朝起きたら、マチルギは首里に行ってしまって、いませんでした。 サハチが首里グスクに行くとマチルギは御内原で、王妃たちに旅..
12月になって浮島にヤマトゥの商人たちが続々とやって来ました。 その商人たちからヤマトゥの王様だった北山殿(足利義満)が亡くなった事をサハチ(尚巴志)は知らされます。 ヤマトゥで戦が起こって、マチ..
台風の復興も終わった十月に、ジルムイの妻、ユミが元気な男の子を産みました。 サハチ(尚巴志)は37歳の若さで、お爺ちゃんになってしまいました。 それから五日後、三姉妹たちが帰り、その船にファイチの..
台風の被害にあった馬天浜の復興に付きっきりだったサハチ(尚巴志)が首里に行くと、ジルムイの妻のユミのお腹が大きくなっていました。 マチルギの留守に何かあったら大変だとサハチはユミを首里グスクの御内原..
ナツとメイユーは試合のあと、仲よくなってメイユーは度々、島添大里グスクにやって来ました。 サハチはファイチに呼ばれて久米村に行って、先代の中山王が朝鮮に送った使者の事を聞きます。 察度が四回、武寧..
博多に着いたマチルギたちは『一文字屋』のお世話になって、博多に滞在しました。 博多でも足利義満の死は噂になっていて、戦が始まらなければいいがと皆が心配していました。 京都でも戦が始まるかもしれない..
マジムン屋敷が消えた四日後、進貢船が無事に帰って来ました。 明国から帰って来たマサンルーとマタルーは応天府(南京)まで行って、タブチと一緒に富楽院(遊女屋街)に行って来たと言いました。 タブチは明..
マチルギたちが博多に着いた頃、サハチ(尚巴志)は島添大里グスクでウニタキと明国のお茶を飲んでいました。 サハチが明国から持って来たお茶は、初めの頃は誰もが変な味だと言っていましたが、今ではみんなが一..
マチルギたちを乗せた船は馬天浜を船出して、伊平屋島に寄って、島の人たちに歓迎されます。 伊平屋島を出て3日目に徳之島に着いて、風待ちをして、7日目にトカラの宝島に着きます。 翌朝、ササが「嵐が来る..
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