記事「アミ族」 の 検索結果 21 件
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安通越嶺古道-11【写真説明】花蓮県玉里鎮楽合里、アミ族の部落入口に立つアミ族のモニュメント。同写真後方に移る家並みがハロウワン部落。中央写真は同部落内南側に残る鳥居、そこを潜り緩やかな坂道を登ると右写真の碑が..
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磯崎越嶺古道-7【写真説明】今回紹介するのも予期せずに出食わした日本時代の遺物である。アミ族文化発祥紀念碑の在処を探している際、富田市街地東側の車道兼観光道(下掲写真:花蓮県道193号、嘗ての磯崎越嶺古道の一..
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磯崎越嶺古道-6【写真説明】左写真は花蓮県光復郷北富村富田にあり通称「富田納骨碑」と呼ばれる納骨碑入口。プレートのローマ字表記は花蓮県観光局の公式サイト内では「Kakita^an」とか「Kakita’an」と..
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磯崎越嶺古道-5【写真説明】市販地図帳には富田付近に「アミ文化発祥紀念碑」の表記があったので、それを目指した。車道の先に大きな門が出て来たが、その最上部に掛かった「太巴塱引霊祭祖儀場」、つまり祖霊祭儀場の看板..
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磯崎越嶺古道-4【写真説明】左写真は太巴塱(日本時代はタバロン、又はタパロン、以下タバロン)国民小学校の校門、省道11号甲線の北側、富田橋の袂に位置する。旧北富国民小学校で、台湾原住民族正名運動の結果、改称し..
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磯崎越嶺古道-3【写真説明】前述したように、現地に磯崎越嶺古道を示す一切の表示無し。唯一の手掛かりが『台湾的古道』中に掲載された川と山の写る写真一葉(上掲右写真)。省道11号線から西側、海岸山脈に向かい入り込..
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磯崎越嶺古道-2【写真説明】花蓮県豊浜郷磯崎村点景、其の二。省道11号線東側、磯崎海岸沿いに廃校になった磯崎国民小学校が観光客に開放されている。と云うより地元民の憩いの場という性格が強そうだ。サキザヤ族の色使..
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磯崎越嶺古道-1【写真説明】花蓮県豊浜郷磯崎村点景。磯を地名にいただく限り、海岸である。「ji ci」は「磯崎」の北京語台湾アルファベット表記。他方、大陸式ピンインは「ji qi」。日本時代からの地名だろうと..
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安通越嶺古道-10【写真説明】国家歩道としての安通越嶺古道西段の開通は2008年、東段開通は2014年12月である。『安通越嶺古道-2』で具体的に東西段の距離をリストアップしたが、東段の整備が遅れたのは明らかに..
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安通越嶺古道-9【写真説明】現在の忠孝国民小学校の日本黒松は「成廣澳」に関する歴史的な背景を一部物語る。忠孝国小・派出所は省道11号線を北に向かうと同道西側に位置するが、その向かい側、つまり同道東側には、更に..
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安通越嶺古道-8【写真説明】安通越嶺古道の古名である「成廣澳道路」の由来と日本人・日本時代の一部を披歴してくれる、台東県成功鎮小港の忠孝国民小学校に今に残る日本黒松。本黒松の紹介文全訳は当投稿記事中に掲載。下..
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安通越嶺古道-7【写真説明】安通越嶺道の海岸山脈稜線上古道は、二箇所の展望台(木製テラス)で結ばれている。西段起点の古道が海岸山脈稜線と出会う地点に設けられたテラスが第一平台、その南側の西段終点に設け..
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