記事「坂」 の 検索結果 387 件
-
下田長屋横浜市中区の元町の近く、本牧通りとフェリス女学院の間にある土方坂に 下田長屋があったとのことです。開港直後の横浜には沢山の人が集まって きましたが、下田から来た人たちがここに集まって暮らしていたそ..
-
谷戸坂横浜市中区の中村川の畔から南の港の見える丘公園前交差点に向かって 登っていく長さ約300mの坂。中腹には関東大震災の慰霊碑、坂に面した フランス山の一角にはクリーニング業発祥の地の碑が建てられてい..
-
なだれ坂東京都港区六本木にある六本木通りに向かって北に下っていく長い坂。 この坂は地元の住民の間では「なだれ坂」ではなく、専ら「ながたれ坂」 と呼ばれていたそうです。
-
丹波谷坂東京都港区六本木にある坂。元和年間に旗本岡部丹波守の屋敷ができ、 坂下を丹波谷といったそうです。明治初年にこの坂を開いたとき、谷の名 から、坂の名を丹波谷坂としたとのことです。
-
寄席坂東京都港区六本木の六本木通りから上っていく坂。坂の途中の北側に、 明治から大正3年にかけて、福井亭という寄席があったために、寄席坂 とよびならわすようになったとのことです。
-
南部坂東京都港区赤坂の米国大使館宿舎脇を西北に上り、左折して氷川神社の ほうに上る坂。「忠臣蔵」の名場面のひとつ、大石良雄が瑤泉院に暇乞いに 訪れた「南部坂雪の別れ」の舞台としても知られています。
-
転坂東京都港区赤坂の赤坂氷川神社の傍の氷川坂から赤坂氷川公園の方に 上る坂。江戸時代から道が悪く、通行する人たちがよくころんだために呼ん だそうです。一時盛徳寺横の元氷川坂もころび坂と呼んだそうです。..
-
本氷川坂東京都港区の赤坂氷川神社の西側を通る坂。以前、坂の途中の東側に 本氷川明神があったのが坂の名の由来だそうです。その本氷川明神は 明治16年(1883年)4月、赤坂氷川神社に合祀されたとのことです。..
-
氷川坂東京都港区の赤坂氷川神社の東側を、南東から北東に向かって緩や かに下る坂。八代将軍徳川吉宗の命で建てられた氷川神社のもと正面 に当たる坂とのことです。
-
品濃坂上品濃坂は旧東海道が環状2号線を歩道橋で跨ぐところにある坂。江戸時代 には、朝早く江戸を発ち、戸塚宿で泊まる旅人には宿場町までもう一歩の所 で、江戸方面へ向う人にとっては境木の立場まであと一息のとこ..
-
焼餅坂横浜市戸塚区、旧東海道を境木地蔵尊から信濃一里塚に向かうところ にある坂。昔、焼餅を売る茶店があったことから坂の名になったといわれ ています。別名牡丹餅坂とも呼ばれています。
-
権太坂横浜市保土ケ谷区にある、旧東海道を江戸から西へ向かう際、最初の急勾 配として知られていた坂。坂の名の由来は、老人に坂の名前を尋ねたところ、 自分の名前を聞かれたと思い、「権太」と答えたことからとい..