記事「柳田国男」 の 検索結果 90 件
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《高山市宮川河川敷》《高山市宮川河川敷》 三、四年前にケケス(オオヨシキリ)の鳴き声に驚かされ、それを聞きに毎日通っていた宮川の河川敷に、今はケケスの声はない。最初に聞いたその年、五月か六月に川があふれそ..
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2232「名も知らぬ花」はレッドリストに 森で見つけたマヤラン (筆者が撮影したマヤラン) 里山や自然公園を歩いていて知らない花を見ることがある。いわば「名も知らぬ花」だ。「名も知らぬ」という言葉で思い浮かべるの..
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遠野物語の一話柳田国男の著書で知られる遠野物語の一話を抜き出し、豆本にしました。 内容は「座敷わらし」の編です。 座敷わらしの住む家は裕福になるが、何かの理由で座敷わらしが去ると、 その家は没落してしまうと言..
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町民の声にもめげずゆるキャラ増設「子どもも大人も?泣き叫ぶゆるキャラ」について 民俗学者・柳田国男の出身地で、妖怪による町おこしに取り組む兵庫県福崎町が19日、公園の池の中から姿を現すカッパの像をリニューアルした。 不気..
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子どもも大人も?泣き叫ぶゆるキャラ大きく裂けた口からは鋭い歯が飛び出し、くすんだ黒色の長髪の下からは大きなギョロ目がのぞく。赤黒くザラついた体には、筋肉のような 「不気味」 な模様が浮かんでいて―― ガジロウの姿に子供..
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日本の伝説柳田国男に関心をもったのはおそらくこの『日本の伝説』だったろうと思います。昔から昔話には興味がありましたので、単に日本の昔話をたくさん並べたものだろうと思って読み始めましたが、まったく予想は外れました..
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来見寺~柳田国男記念公苑~布川神社6月11日(木) 利根町の徳満寺から「来見寺(らいけんじ)」にやってきました。 来見寺は永禄3年(1560)、府川(布川)城主豊島頼継の創建。 赤門 徳川家康公ゆかりの寺の..
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《みどりに燃える飛騨の山々》柳田国男が高山から荘川村まで飛騨の道を歩いたのは明治42年6月2日のことだった。彼が小鳥峠の小梨の花など飛騨の山々の姿を見て「初めて旅に酔う」と記したのがこの時だった。時期の..
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《隅田川 --- 新大橋・清洲橋》11月3日、お月見仲間を中心に学生・卒業生が吟行句会を開いてくれることになった。集合は日本橋三越前。前夜の宿を森下に取っていたので、歩いて行くことにした。ただ、どうしても前日の林洋子の宮沢賢治作..
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《本居宣長》昨日、2014年3月18日は吉川幸次郎の生誕110年だった。だから彼の物をちょっと読んで見ようと思って、やや意外と思われるような『本居宣長』を紐解いてみた。だがなかなかよい。 > 然る..
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これがコナシの花なのか?『秋風帖』に収められた「木曽より五箇山へ」の中で柳田国男はこんな風に記している。「行々小梨多し。すなわち滝越の手桶の花なり。紅白の二種ありて、白は李に似たり。六廐(むんまや)へ越ゆる小さき峠、満..
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《昨日の月と夕日--- 大学から》この月が満月になると小正月。だが小正月には何をするのか? 昔であれば一年の予祝行事だろう。 この時代、この年には、何をすればよいのか? 歳神さまに期待できる何があるというのか? 戦争..
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