記事「飛騨」 の 検索結果 2669 件
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2003年2月5日の足跡(岐阜県高山市旧丹生川村折敷地)この日、橋本繁蔵さんに連絡が取れなくて、雪道歩きの練習に折敷地のあたりに来た。今はすでにダムになっているあたりでないかと思う。その時も工事用の車両は作業をしていた。だがまだ本体工事ははじまってい..
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雪坊主飛騨・旧丹生川村山中。風のせいでこんなものが出来るのだ。 撮影: 2005年2月11日
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金胆(きんい)金胆(きんい)と呼ばれるものがある。熊の胆の中でも、飴色をしていて、細かく砕くときらきらと金色に輝くつぶつぶになる。そのキラキラの輝きは、照明を工夫しないと撮れないので撮らなかったが、先日「姨捨..
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信州が少しうらやましい信州が少しうらやましい。それは平野から楽々とアルプスが望めるから。飛騨からだと、松倉山のあたりからしか、日本アルプスが一望にできない。それが少しうらやましい。 写真は松本城とそこからの西の山..
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細道わたしが通ったことのあるいちばんの細道は、もう記憶でだけ語るのだが、白出(しらだし)新道だった。飛騨側から奥穂高に直登する道だ。白出沢から入る。 いまはもうどうなっているかわからない。当時の..
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なも、いくをほとけ中村生雄さんとの思い出というと、飛騨の供犠論研究会の時のことが一番大きい。奥飛騨の佳留萱山荘で一泊したが、わたしが薦めたこの旅館のことを、「よすぎるほどよかった」と言ってくれた。わたしも泊ったのは..
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御岳山麓 九月十四日の写真御岳麓。この雄大さが分かってもらえるだろうか。 飛騨側の濁河温泉への途中、大平というところの展望台で。 (Mamiya C3, 180mm)
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先日義父の一周忌の法要をした先日義父の一周忌の法要をした。 義父が亡くなって、 わたしは大きな支えを失った。 生活のことでもそうだし、 また飛騨学のことでもそうだ。 義父に対して、わたしは 安心してものを..
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あやしげな鎮魂 (追い出しの思想)狩猟文化の研究をして、熊狩りをする猟師のいる村々を訪ねていると、その村に住んでいた人々が、ダムを新設するために追い出されるということを幾度か経験する。青森県西津軽郡の砂子瀬・河原平(目屋ダム..
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最高の一日 2009年2月15日飛騨山中今年も、2月15日、猟期の最後の日に、橋本繁蔵さんに熊狩りに連れていってもらった。 橋本さんと行く冬の飛騨の山中は、人生最高の楽しみのひとつだ。 彼の技を間近にみせてもらえる。 そしてわたし..
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飛騨の熊・嶽・霧氷の河この話をしておこう。 飛騨には嶽(ダケ)がある。乗鞍嶽、笠ヶ嶽。 飛騨の熊はいざという時には嶽の方に入っていくはずだ。 そこまで人間は入ってゆくことができない。 乗鞍に熊を追って、霧氷の流..
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円空、飛騨、そして義父円空がそばにいる時、 それが円空だと気づく人は稀だ。 義父は円空のような人だった。 学はなかったかもしれないが、 何でも出来た。 そして正しい言葉を語った。 人の悪口を絶対に言..