記事「1930年代」 の 検索結果 11 件
-
■ 20s−30s空間。
-
『自由通商』の寄稿家たち2前回の続き、1931年分の署名論文です。 【第4巻第1号】 隠忍時代かに処すべき方策(高柳松一郎) 財界対策としての金輸出再禁止論の価値(車谷馬次郎) 関税主権を廻る諸問題(野村次夫) 製鉄..
-
『自由通商』の寄稿家たち1いくつかすでに書こうとしていたことがあるのですが、昨日、明治学院大学の図書館で、気まぐれな検索をしていて、自由通商協会が発行していた月刊の機関紙『自由通商』のうち、第3巻(1930年)、第4巻(193..
-
【スライドショー】Ain’t We Got Style?(1930年代のアメリカ)こちらからどうぞ↓ http://www.vanityfair.com/style/features/2009/08/30S-fashion-portfolio200908?slide=1#glo..
-
上田貞次郎とともに7上田のグループが3番目に取り組んだ課題が、「出生率・乳児死亡率」です。 上田は、『日本人口問題研究』第二輯に、「最近十四年間に於ける出生率及死亡率の低減」を書いていますが、その中で、国勢調査と動態統..
-
上田貞次郎とともに4出生率と乳児死亡率に関する研究は、猪間の20年代の研究を、上田が引き継ぐような形になっているのですが、死亡率の低下が、乳児死亡率の激減によって起っていること(とはいっても、まだ3桁のままではあったので..
-
上田貞次郎とともに3上田貞次郎のグループの研究は、平たく言えば、「領土を増やすことを考えなくても、人口を減らすことを考えなくても、失業問題を解決できる、豊かな生活ができる」という仮説に立って、人口問題の解決を図ろうとする..
-
上田貞次郎とともに2その他、とくに付け加えたいのが、以下の2点です。 4.海外の経済学者との協調 上田がとくに力を入れていたのが、対外的な情宣活動だったのではないかと思います。その具体的なものが、国際会議における日本..
-
上田貞次郎とともに1世界大恐慌直後の猪間驥一の言説については、しばらくペンディングにしたまま、上田貞次郎の日本経済研究会(通称、背広ゼミナール)に参加した彼の軌跡をたどってみたいと思います(上田貞次郎についても、『経済往..
-
人口食糧問題調査会11人口食糧問題調査会のシリーズ、とくに廣嶋清志の論文に触れるのは、これで終わりにします。 というのは、上田貞次郎の編集による『人口問題研究』第一~第三輯が三冊とも、今、目の前に並んでいるのですが(すべ..
-
論文のこと、資料のこと論文の方向性が決りました。まだこれからですが少しほっとしています。 今日はまた、ある大学に聴講生の登録に行って、図書館で、猪間驥一自身が寄贈した本に再会しました。手元に2週間置いておけるので、とくに..
- 前へ
- 次へ