記事「宗教学」 の 検索結果 72 件
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ヨーガの“心”を安定させる呼吸法と三昧の境地:腹式丹田呼吸の効果を説明する“気”の思想仏教もヨーガも『我執(がしゅう)』を苦悩の原因と定義して、自己中心的に自分だけが幸福になって快楽を得ようとする生き方が逆に人生の苦しみや虚しさ、葛藤を強めていくとするが、“私”という自意識・欲求に囚わ..
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内向的な仏教思想と外向的な近代科学(西洋思想)が求めるものの違い:外界の現実と心の関係性の捉え方自然科学に代表される“西洋思想(近代思想)”は、外界の事物の『実在性・現実性』を前提として、外界のモノの世界を『知識・技術』で改善したり、実在する他者との関係性を『実際のコミュニケーション』で円滑にし..
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カミュやサルトルの実存主義では、“人間の自由と苦悩・人生の価値”をどう考えるか?カミュのエッセイ『反抗的人間』では、明晰な理性で世界や人生を観察する時に出現する非合理的な説明のつかない不条理に対して、迷信(神の信仰)で目を背けたり自殺で逃げたりすることを批判し、その運命的とも言え..
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人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?2:理不尽さと文明社会との終わりなき戦い自然の摂理にせよ不可避の宿命にせよ、実現主義が示すように人間がいつか死ぬべき存在であることは『現状の倫理の前提』になっている部分はあります。それでも現代の平和で豊かな時代で生きる私たち人間は、『理不尽..
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人は運命的な理不尽にどう抵抗すべきか?1:アルベール・カミュの『シシュポスの神話』『異邦人』『シシュポスの神話』で知られるフランスの文学者アルベール・カミュ(Albert Camus,1913-1960)も、ニーチェと同じく神が死んだ近代に生きる個人をテーマにしましたが、カミュはニ..
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フリードリヒ・ニーチェのアンチキリストと“自我・自己愛・孤独”に悩む人間の増加欧米のキリスト教的な世界観では、東洋の儒教・仏教・道教では余り重要視されない『正義(異文化に対する優越性)』の観念の影響力が見られましたが、この正義と悪の二元論は、キリスト教以前の古代ギリシア哲学でも..
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キリスト教の“原罪‐贖罪”と仏教の“煩悩‐解脱”の人間観:親鸞の一切皆苦の受容戦略西欧文明の『罪』を背負った人間は、キリスト教の贖罪や精神分析による内面(無意識)の分析によって癒されますが、東洋文明の『苦』を背負った人間は、仏教の涅槃寂静(煩悩消尽の悟り)や極楽往生、あるいは俗世(..
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うつ病の罪悪感・自責感を“世間体(恥)の日本文化”から考えてみる日本人は生身の人間ではない『神(宗教)・倫理・聖典』といった普遍的(絶対的)な規範と個人で向き合うという歴史をほとんど持っていません。そのため、『世間(社会)の中で自分はどういった役割を果たしているか..
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阿闍世コンプレックスと“申し訳なさ”としての罪悪感3:西欧文明の自然世界との対立古澤平作(こざわへいさく)や小此木啓吾(おこのぎけいご)が提唱した日本的(仏教的)な『阿闍世コンプレックス(あじゃせコンプレックス)』も、権威的な父親と抵抗する子どもの性的発達の関係を問題にしたエディ..
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精神分析のエディプス・コンプレックスとキリスト教の罪悪感2:権威・抑圧に対する葛藤人類の始祖であるアダムとイブ(エバ)が原罪を犯したことに対する神の処分は、まずエデンの園という楽園からの追放であり、永遠の生命の剥奪でした。人間は神の言いつけに逆らうという罪を犯した事で、何の苦しみも..
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キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?2:一神教と多神教世界の創造者や生命の設計者、完全・普遍な実在としての“絶対的な神”は、二千年以上の長い年月にわたって人類に『世界の秩序感覚・集団や民族の目的性・人生の意味の保証・苦しくても生き続ける価値』を与えてきた..
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キリスト教の絶対神(普遍性)はどのような思想・信仰や世界観を生み出すか?1:有神論と無神論合理主義と経験主義に基づいて近代文明を構築する科学的思考が普及しても、『真の実在・人生の意味・普遍の価値・存在の理由』といった形而上学的な謎に科学が十分に答えることはできず、変化し続けて生成消滅する人..
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