記事「尾台榕堂」 の 検索結果 9 件
-
瞑眩についての覚書(4)③必ず治ってしまうについて 瞑眩現象が起こる時は、死ぬ程苦しいこともあるが、それが終われば必ず心地良く、爽快感を覚えるはずである。毒が全部完全に排出されれば病は治る。しかれば再び症状が出ることはない..
-
瞑眩についての覚書(3)②急激に起こり、症状が激しいについて 毒が体外に排出される場合、少しずつ徐々に排出されれば激しい症状を伴うことはないので、瞑眩と認識されることはない。 「尋常の病にては其しるし微妙なるゆへ分かたし..
-
瞑眩についての覚書(2)毒とは具体的にどのような物か 古典を参照する。 「熱臭の穢物を下すこと七・八行」(尾台榕堂『井観医言』)「燥屎、臭穢、黒血併びて下る者(こと)数行、色皆な紫黒」(同前)「黒便・臭穢を下すこと日に..
-
古方派の系譜(24)【尤怡(ゆうい)】 「尤怡(?~1749)は、字を在涇といい、拙吾と号した。清代、長州(現在の江蘇省呉県)出身の人である。一生涯を通じて数多くの書籍を博覧し、晩年はとくに医学の研鑽を積んだ。彼の..
-
古方派の系譜(14)【尾台榕堂】 「幕末から明治維新へかけての一大変換期にあって、古方医家の雄たり得たのが尾台榕堂である。榕堂は雪深い北越(新潟県)魚沼郡中条村の小杉家に、寛政11年(1799)呱々の声をあげた。幼名を四..
-
書評:横田観風『訓注・尾台榕堂全集』の刊行を祝す東亜医学協会発行の『漢方の臨床』誌最新号(第57巻第10号)に、私の師・横田観風が最近出版した『訓注・尾台榕堂全集』の書評が、寺澤先生の筆により掲載されましたので、ここに転載いたします。 ..
-
精気を補うとは■人の性命を保持する所以は、独り精気有るを以てなり。精気なる者は、穀肉・果菜の生ぜしむ所なり。『素問』金匱真言論に曰く、「精は身の本なり」と。経脈別論に曰く、「精気は穀気より生ず」と。平人気象論に曰く..
-
術古えの法為るや簡、隨・唐以降の法為るや煩。古えの方為るや約、隨・唐以降の方為るや雑。雑にして且つ煩、其の究むる、学ぶ者をして多岐亡羊せしむ。『易』に曰く、「易なれば則ち知り易く、簡なれば則ち従い易し」..
-
横田観風「訓注 尾台榕堂全集」刊行私も少しだけ手伝った標題の全集が日本の医学社より発刊されました。 全4巻 (各巻函入り)¥63.000 http://www.nihonnoigakusha.com/book_7.html ..
- 前へ
- 次へ