記事「河合栄治郎」 の 検索結果 24 件
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【動画】特別番組 今こそ左右の全体主義の検証を! 内藤陽介 江崎道朗チャンネルくらら から。
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湯浅 博「全体主義と闘った男 河合栄治郎」左右の全体主義と戦ったとかいうので、江崎さんなどを思い出しつつ、ちょっと最近興味がある人の……評伝? 河合自身の著書については、「学生に与う https://amzn.to/3acHb5w..
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2018年度 日本史B 本試験 解答番号32平成30年度(2018年度)センター試験 日本史B 本試験 解答・解説 第6問B-4 解答番号32 正解:4 配点:3 解説: I 1939年。 河合栄治郎は1930年代に..
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猪間驥一の助教授昇格問題今回は、飛び込みの情報ですが、ご興味がある方もあるかと思い…。 以前から、河合栄治郎の日記の原本がないのか、いつか時間ができたら確かめてみようと思ってきました。河合がヨーロッパ留学から帰国して..
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『経友』から新たな事実5大内兵衛の書いた「糸井君を憶う」に関して気になっていることは、大内が、終戦直後に上梓した『旧師旧友』(岩波書店、1948年)に、「彼のこと――糸井君を憶う――」として収録したこの追悼文は、内容は同じ..
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『経友』から新たな事実4猪間の「糸井先生の思出」にある『経友』は、どのような誌面に仕上がっていたのか、今回はそのことについて書きます。 「『経友』の雑誌委員として、先生と私はいつも一所だった」のは、第2号の編集のときで..
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『経友』から新たな事実3有沢広巳が『経友』第6号に発表した「糸井先生と私」という追悼文は、基本的には、糸井靖之のどこかに憂鬱の影がつきまとっていたことに自分だけが気づいていたこと、その憂鬱は、森戸事件に際して現れたような、..
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大内兵衛と糸井靖之の死ずっと気になっていた大内兵衛と糸井靖之の関係ですが、次の3冊を読んで、新たにわかったことがありました。 ◆大内兵衛『旧師旧友』(岩波書店、1948年) ◆大内兵衛『私の履歴書』(黄土社書店、..
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河合栄治郎クーデター事件猪間驥一の東大追放事件から1年余り後に起った「河合栄治郎のクーデター」、このことについてはすでに書いているのですが、正確さに欠けるところがあったので、あらためて整理しておきます。 1922年11..
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猪間驥一と森戸事件の真実④森戸事件について、猪間が触れているのは、1952年に『統計』に書いた次の一節があるのみです(1957年、『人生の渡し場』に収録)。しかも、これは、河合栄治郎が東大に赴任することになった経緯を説明する..
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猪間驥一の東大追放・補1昨日は、勤務の後に出かけた一橋大学図書館で、思いがけずたくさんの収穫がありました。 一つは、猪間驥一の東大追放に関するもの。もう一つは、猪間の新たに見つかった何編かの論文。さらには、「北山冨久二..
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猪間驥一の何がすごいのか2猪間驥一の業績をまとめたついでに、戦前・戦後にわけて猪間の関わった人々について、メモしてみました。それぞれ有名な人々ですが、それはWikipedia等でチェックしていただくとして、ここでは、あくまでも..
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