記事「万葉集」 の 検索結果 7727 件
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群馬県高崎市山名町高崎自然歩道、石碑之路(いしぶみのみち)群馬県高崎市山名町にある高崎自然歩道、石碑之路(いしぶみのみち)、を歩いてきました(2010/5)。石碑之路には多数の万葉歌碑が建立されていますが、これら歌碑は、地元の信沢克巳さんという方が、作り上..
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群馬県高崎市吉井町入野碑の万葉歌碑群馬県高崎市の吉井町にある入野碑を訪ねてきました(2010/5)。入野碑は小高い山(奥浅間山、おくぜんげんやま?)の頂上に、下の写真のように置かれています。 説明板によると、入野碑は..
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万葉集 巻14-3403吾(あ)が恋は 現在(まさか)もかなし 草枕 多胡(たご)の入野(いりの)の 奥(おく)もかなしも (作者) 不詳。上野国(かみつけのくに)の相聞往来の歌。 (大意) 私の恋は今も切ない。..
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群馬県高崎市吉井町飯玉神社の万葉歌碑群馬県高崎市の吉井町にある飯玉(いいだま)神社の境内にある万葉歌碑を訪ねてきました(2010/5)。下の写真です。 多胡(たご)の嶺(ね)に 寄綱(よせつな)延(は)へて 寄すれども..
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万葉集 巻14-3411多胡(たご)の嶺(ね)に 寄綱(よせつな)延(は)へて 寄すれども あにくやしづし その顔よきに (作者) 不詳。上野国(かみつけのくに)の相聞往来の歌。 (大意) (多胡の嶺に寄せ綱をか..
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埼玉県美里町曝井の万葉歌碑埼玉県北部の美里町に曝井(さらしい)と呼ばれる遺跡があります。曝井は湧き水のことで、布を晒すために使っていたようですが、この地では固有名詞に変わったもののようです。下は、曝井遺跡全体の写真です。 ..
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埼玉県美里町防人檜前舎人石前之館跡の万葉歌碑埼玉県北部の美里町に、防人檜前舎人石前(さきもりひのくまのとねりいわさき)之館跡があり、その一角に伝大伴部真足女(でんおおともべのまたりめ)の遺跡があります。下の写真です。 万葉の時..
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万葉集 巻20-4413枕大刀(まくらたし) 腰に取(と)り佩(は)き ま愛(かな)しき 背(せ)ろがめき来(こ)む 月(つく)の知らなく (作者) 上丁(かみつよぼろ)那加(なか)の郡(こほり)の檜前舎人石前(ひのく..
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万葉集 巻9-1745三栗(みつくり)の 那賀(なか)に向へる 曝井(さらしゐ)の 絶えず通(かよ)はむ そこに妻もが (作者) 不詳。 (大意) 那賀に向きあっている曝井の水が絶えないように、絶えず通ってこよ..
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万葉集 巻9-1744埼玉(さきたま)の 小埼(をさき)の沼に 鴨ぞ翼(はね)霧(き)る 己(おの)が尾に 降り置ける霜を 掃(はら)ふとにあらし (作者) 不詳。旋頭歌。 (大意) 埼玉の小埼の沼に鴨が翼を震..
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茨城県龍ヶ崎市行部内公園の万葉歌碑茨城県龍ヶ崎市にある行部内公園の万葉歌碑を訪ねてきました(2010/5)。龍ヶ崎市は茨城県の南にあり、そこから北東へ10kmほどのところには霞ヶ浦があります。 行部内公園は住宅地の中にあり、..
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万葉集 巻15-3681帰り来て 見むと思ひし 我がやどの 秋萩(あきはぎ)薄(すすき) 散りにけむかも (作者) 秦田麻呂(はだのたまろ) (大意) 旅から帰ったら見ようと思っていた吾が宿の秋萩や薄はもう散って..