記事「伝説」 の 検索結果 2057 件
-
牧山の牛岩 丹波市市制10周年にしてやっと丹波市誌発刊されたが内容は此の10年の市政の歩み的総説のみ。昭和50年以前に発行されている[氷上郡志]を「丹波市誌」として内容一新し再編纂されるものと期待していた。丹波市の良さ..
-
瀧山観瀧寺Ⅰ 鉦鼓滝 福知山市先日来:福知山市の旧和久郷(和久川沿い)にお住まいの”べーさん”には山崎城・今安城等にもコメントをいただいていたが、隣接する旧拝師郷榎原の瀧山観瀧寺(天田郡西国観音霊場11番札所)は元:南方の丘陵上に..
-
水分れ公園の桜 Ⅱ 丹波市R176号は柏原北交差点左折し稲継交差点でR175号に合流する”柏原多田バイパス”と北上へ直進してJR福知山線沿いに春日町歌道谷(うとうだに)に出てR175号に接続するR176号本線!!?に分かれる。..
-
源頼政の鵺退治 西脇市R175号を西脇バイパスに入り加古川・JR加古川線を越えトンネルを抜け出た所で板波橋東詰め信号を左折しR175号バイパスを降り、加古側に流れ出る野間川河口の東側丘陵裾に長明寺の山門がある。長明寺から金..
-
大石りく顕彰碑 豊岡市「忠臣蔵」で知られる赤穂義士(四十七士)の中心人物大石内蔵助良雄の妻:理玖の遺髪塚が、豊岡市郊外の六方川沿いの日撫地区の山裾・香林院(正福寺)にある。玄武洞へは県道548号で円山川に架かる堀川橋東詰め..
-
鞍掛石 丹波市岩尾城の作右衛門尉師季(もろすえ)【和田日向守齋頼(ひとより)の子:岩尾城最後の城主】)は天正7年5年(1579)丹波攻略の主将:明智光秀の援軍として、西丹波攻略を命じられた丹羽長秀等の攻撃を受けて落..
-
鴨神社大銀杏と伝説 丹波市国領交差点から県道138号(西国巡礼道・なりあい街道)を北進、丹波の小富士山東山麓の梶原遺跡を過ぎて約1㎞・西の田圃の中の杜に先のブログに記した鴨神社を、左接する目前に梶原公民館を見る信号機の無い交差..
-
琵琶渕 篠山市篠山川沿いの川代峡谷を抜ける県道36号は大山下交差点でR176号と合流し、国道を700m程南下したところで宮田川に架かる丹南橋を渡ったT字交差点に着く。左折すると西多紀アルプスの北麓を通って氷上・春日..
-
負け嫌い稲荷伝説-黒田山兵衛 篠山市文政年間(1818~30)篠山藩主青山下野守忠裕(ただやす)が、江戸幕府老中を務めていた頃、江戸両国の回向院広場で例年行われる将軍御上覧(徳川家斉の時か?)の大相撲御前試合に於いて、篠山藩領内のお稲荷..
-
松ヶ瀬 (黒田官兵衛の里) 西脇市黒田庄町R175号線を西脇市に入ってくると居酒屋「松ヶ瀬」・ガソリンスタンドの付近からは「官兵衛の里・西脇市」の幟旗の数が沿道沿いにはためくが、とりわけA-COOP”黒田庄牛”の大きなサインボードのある「田高..
-
田 艇吉 丹波市丹波市山南町側から笹場峠を越えると下小倉の大部谷城の東麓に降りてくる。国道筋は篠山市側から鐘が坂トンネルを丹波市側へ抜けると此処:柏原町下小倉に降りてくる。田艇吉は嘉永5年(1852)9月6日氷上郡柏..
-
田ステ(貞閑) 丹波市柏原町JR福知山線柏原駅前にはロータリー左手(交番向かい)に御所人形風のふくよかで愛らしい”田ステ女”の石像が迎えてくれる。僅か6歳にして雪の朝 二の字二の字の下駄のあとの句を読んだ捨女は明治の俳人・正岡子..