記事「旧日本軍」 の 検索結果 255 件
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(79) Bandara Dai Nippon(79)ハルマヘラ島昭和19(1944)年初頭、カウ(Kaoe/Kao)には、海軍の第26特別根拠地隊司令部が置かれ、前年(1943)10月10日編成の、第4南遣艦隊所属の海軍第224設営隊(大津敏春技術大尉)や..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(78) Bandara Dai Nippon(78)ハルマヘラ島ガレラ(Galera)飛行場の一つの滑走路(長さ1,500m、幅100m)は、南方軍から派遣された第3船舶輸送司令部員の白木久雄中佐指揮下の、第7飛行師団参謀部附武松哲夫大尉指揮下の派遣班..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(77) Bandara Dai Nippon(77)ミチ昭和17(1942)年中旬には、白木久雄工兵中佐指揮下の南方軍派遣隊の手で、すでにハルマヘラ島で基地建設が始まっていた。ハルマヘラ、北セレベス(スラウェシ)、サンギヘ、タラウド方面の基地建..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(76) Bandara Dai Nippon(76)ハルマヘラ島現在は北マルク州(Propinsi Maluku Utara)に属するハルマヘラ島(Pulau Halmahera)で、日本軍は判明しているだけでも計11個の飛行場を造成・設定した。昭和1..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(75) Bandara Dai Nippon(75)バリ島年間およそ200万人の外国人観光客で賑わう“神々の島(Pulau Dewata)”バリ島。バリ州政府統計局の発表によれば、2008年同島を訪れた観光客は1,992,299人。そして見事(!..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(74) Bandara Dai Nippon(74)スンバワ島小スンダ列島では、フローレス島の2個の新設飛行場(マウメレとバビ)を陸軍が担当。スンバ島では、海軍が東部のワインガプとメロロ付近に計3個、西部地区のワイコロには陸軍が1個(滑走路は計3本か..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(73) Bandara Dai Nippon(73)スンバワ島バリ(Bali)島の東のロンボク(Lombok)島のさらに東。そこにスンバワ(Sumbawa)島がある。日本軍(海軍)はここに2個の飛行場を建設した。スンバワ島は、他の小スンダ列島(ティモ..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(72) Bandara Dai Nippon(72)スンバ島スンバ(Sumba)島のワインガプ(Waingapu)を含め、同島の東部地域における飛行場の建設は海軍によって行われたが、西部地域ではその任を陸軍が背負った。インド洋とティモール海を挟んで..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(71) Bandara Dai Nippon(71)スンバ島昭和17(1942)年10月時点で、スンバ(Sumba)島には海軍警備隊の兵が約300名駐屯していた。しかし大本営が同年10月15日、「大陸命第702号」を通じて、小スンダ列島全域とアラフ..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(70) Bandara Dai Nippon(70)フローレス島フローレス(Flores)島には現在計6ヵ所に飛行場がある。西からコモド・ラブハンバジョ(Komodo Labuhanbajo)空港。フローレス島の西隣に位置する、世界自然遺産のコモドドラ..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(69) Bandara Dai Nippon(69)フローレス島昭和18(1943)年9月30日、大本営は航空作戦に関して「中・南部太平洋方面陸海軍中央協定」を指示した。この中で、濠北(オーストラリア北方域)方面における航空基地整備に関する分担リストも..
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東部インドネシアの旧日本軍航空基地(68) Bandara Dai Nippon(68)フローレス島ティモール島で飛行場の新設や拡張を終えた第4野戦飛行場設定隊(注:クーパンのプトン飛行場の南に陸軍用の飛行場を設定後、同島の東半分に位置するポルトガル領ティモールで各地の飛行場造成に協力)..