記事「イタリア」 の 検索結果 18327 件
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トリエステの坂道トリエステ中心部は、小さな猫の額のような平地に密集している。 トリエステ中央駅から、イタリア統一広場への 10分程の距離の方がむしろ、希少な平らな道なのだ。 駅を出てすぐ東側は坂が始まってい..
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ウンベルト・サバ書店”州全体のものとしては信じられないほど薄い番号簿のトリエステの部分には、古書店も入れて本屋はほんの五、六軒だったから、サバの書店は気ぬけするほどあっけなく見つかった。サバが生きていたころは、たしか..
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サン・ニコロー街”海岸通りを昼近くまでうろついたあげく、私はついにサン・ニコロー街をたずねることにした。幅十メートルほどの細い道で、馬車道の石畳をそのまま残した車道の両脇には、細い歩道をへだてて、日本でならすぐオ..
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ヴェルディ歌劇場”文化の面からいっても、トリエステは特異な都市といえる。ドイツ語文化圏との精神的なつながりを断ち切るにはいたらず、トリエステ人は尊敬と憧れと憎しみの入り組んだ感情で、これもすでに過去のものとなった..
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イタリア統一広場”とくに支配層に属さない大多数のトリエステ人にとって、イタリア統一運動がさかんになった十九世紀末には、一日もはやくオーストリアの隷属から解放され、イタリアに帰属することが精神の支えになった。じっさ..
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ユリシーズの海”若いころ、わたしはダルマツィアの 岸辺をわたりあるいた。餌をねらう鳥が たまさか止まるだけの岩礁は、ぬめる 海草におおわれ、浪間に見えかくれ、 太陽にかがやいた。エメラルドのよう..
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アドリア海へ“どんな鳥が飼われているのだろうと好奇心を抑えきれなくて、私もバルコニーに出て、おもわず声をあげた。眼下にひらけた見事な眺望が、まだおぼつかない朝の光の中に息づいていた。ああ、とうとうサバのトリエ..
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トリエステ中央駅にて”トリエステの名がふたたび、自分にとってあたらしい響きをもってもどってきたのは、私たちが結婚式をウディネという北の町で挙げたときからである” ”トリエステなどのある海沿いの、基本的にはヴェネツィ..
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ヴェネツィアからトリエステへ”来たときとおなじように、切りたった断崖の道をヴェネツィアに向けて走る汽車の窓から、はるか下の岩にくだける白い波しぶきと、帆かげの点在する、サバの眼のように碧い海が、はてしなくひろがるのが見えた。..
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ヴェネツィア・メストレ駅夕刻過ぎにパリを発った飛行機は、夜分にヴェネツィア空港に到着。 その晩は、ヴェネツィア本島までは行かず、タクシーで簡便に着ける メストレ駅前に泊まることにした。 翌朝、まずはトリエステへ行こ..
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きらめく海のトリエステ”十一月の冷えた水蒸気の中に墨絵のように浮かんだ、砂州の突端にあるグラードという島を訪れた日、案内の友人が、あっちがトリエステだと言って指さした声のひびきには、ひそかなあこがれのようなものがあ..
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煌きのヴェネチア:芳醇のバローロ両親がイタリア旅行から帰ってきました。 先に土産は何をと聞かれていたので、ヴェネチアガラスのペンダントヘッドをリクエスト。数百年前から続くヴェネチア名産品。 憧れのヴェネチアの煌めき♪透明でカ..