記事「インド」 の 検索結果 10181 件
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No.496 ラマナ・マハルシ - 真我の実現を求める者にはいかなる理論も必要ない心はそれ自体を満足させるために何らかの理論を必要とする。だが、神に近づこうと心の底から望んでいる者、あるいは真摯に真我の実現を求める者には、いかなる理論も必要ない。 --- ラマナ・マハルシ
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No.495 ラマナ・マハルシ - 「私」とは誰かを見いだしなさい身体が「私」を主張することはない。「私は体だ」と言うのはあなたである。この「私」とは誰かを見いだしなさい。源を探ることによって、それは消え去るだろう。 --- ラマナ・マハルシ
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No.494 ラマナ・マハルシ - 至高のアートマンの光の中映画の中で画像を見ることができるのは、薄明りの中か暗闇の中だけだ。だがすべての照明がついたとき、映像は消え去る。同じように、至高のアートマンのあふれる光の中で、すべての対象物は消え去るのである。 ..
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No.493 ラマナ・マハルシ - 教育は学問のある無知です学問のある人でさえ無学な賢者の前で頭を下げなければなりません。教育は学問のある無知です。 --- ラマナ・マハルシ
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No.492 ラマナ・マハルシ - 制約や規律はジィーヴァ(個我)にとってのもの制約や規律はジィーヴァ(個我)にとってのものであり、ムタク(解脱者)にとってのものではありません。 --- ラマナ・マハルシ
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No.491 ラマナ・マハルシ - 神性が行為し、出来事の方向を導く個性をもって存在する(個我である)限り、人は運命の享受者です。しかし、それが失われれば、神性が行為し、出来事の方向を導くでしょう。 --- ラマナ・マハルシ
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No.490 ラマナ・マハルシ - 「それ」としてとどまりなさいあなたは、意志と運命の力を超えているのです。「それ」としてとどまりなさい。 --- ラマナ・マハルシ
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No.489 ラマナ・マハルシ - 像や形に礼拝するときわれわれは像や形に礼拝するとき、実際には像のなかにあるわれわれ自身に礼拝しているのです。 --- ラマナ・マハルシ
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No.488 ラマナ・マハルシ - 若干の人々は死後直ちに生まれ...若干の人々は死後直ちに生まれ、他の人々は一定の時間が経過した後生まれます。少数の人々はこの世で再生しないで、より高い場所からの救いを獲得します。そしてごく少数の人は、いまここで終焉を迎えます。 ..
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No.487 ラマナ・マハルシ - 人は死後どうなるのでしょうか?(質問者) 人は死後どうなるのでしょうか? (ラマナ・マハルシ) 生きている現在のことに自分の注意を向けなさい。未来はそれ自身で面倒を見るでしょう。未来のことを心配しないようにしなさい。
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No.486 ラマナ・マハルシ - 世界は存在するとは言えません世界は存在するとは言えません。そう言うのはあなたです。それはあなたの印象なのです。 --- ラマナ・マハルシ
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No.485 ラマナ・マハルシ - 身体という想念は真我から注意をそらされたものなのです身体という想念は真我から注意をそらされたものなのです。 --- ラマナ・マハルシ