記事「ルーマニア」 の 検索結果 923 件
-
偉人百選:フリスト・ダーノフ(その二)42番目の偉人フリスト・ダーノフのその二です。 ★『15-19世紀の著名人』より追記 (1)出生、教育 1828年Klisura町のaba商人の家庭に生まれた。 最初は地元の寺..
-
ボリーソフ政権の恥部(その四)ブルガリアという国家が、或いは、同じく旧共産圏、バルカン半島国家としてのルーマニアと共に、EU側からは、法による統治とか、自由主義、資本主義に立脚した正統な「西欧式民主主義」とどうも相容れない..
-
ボリーソフ政権の恥部(その三)さて、テロ事件の発生で、少し遅れてしまったが、7月18日に、ブラッセルのEU本部(欧州委員会)が、公表した、ブルガリア、ルーマニア両国に関するCVM措置による報告書(謂わば、EUによる、「遅れ..
-
ブルガリアの歴史に関する考察(2)前回主としてルーマニアとブルガリアの関係に焦点を当てて書いてみた。その理由は、あまりに多くの日本人、外国人にとって、ルーマニアとブルガリアが、大して差のない国家として混同される傾向に、ブル専門家..
-
ブルガリアの歴史に関する考察(1)室長:小生の経験として、日本人、外国人を含めてルーマニアとブルガリアを混同して、区別がつかない、あるいはいつの間にか両者を取り違えてイメージしている、という例が多く、困惑したことが度々あります。少し..
-
20年ぶりの再会2001年にルーマニアを訪れた時出会った友人が初めて来日しました。当時はドナウデルタ地帯のチョウザメの保護、繁殖に力を注いでいた大学教員であった彼は、2003年に家族と共にカナダに移住し、紆余曲折があ..
-
ツイカルーマニアの伝統酒、ツイカ。プラムでできた蒸留酒である。そのままいただいても美味しいが、燗にして砂糖を少量混ぜるとなお一層美味しい。私が初めてツイカを味わったのは2005年に同国のウルラツィ村にある修..
-
旅日記(その7)3月6日午前9時に滞在しているホテルの向かい側にあるHotel Nord内で2日分のホテル代を支払い、そこでペトリーナ氏に電話をかけてもらったが、来週月曜日にならない限りどうなるか分からないと言う。仕..
-
旅日記(その6)ブカレストの夜は暗い。カービン銃を持った兵士がそこら中を歩き回っており不気味である。意を決してタクシーを拾い、ブカレスト北駅まで戻った。22Leiであった。空腹を感じ夕食をとろうと思ったが、レストラン..
-
旅日記(その5)3月5日午前1時30分、ルーマニアの国境駅クルティチに着く。ここで荷物検査と強制両替(1日につきUS$10、私は21日分US$210)を受ける。物々しい雰囲気。西欧諸国とは明らかに空気が異なる。ルーマ..
-
記念品家の物置を整理していたら、貝殻に混じって写真の記念品が出てきた。1981年3月8日ルーマニアの首都ブカレストにあるルーマニア体操協会にコマネチを訪ねた時、その場で本人がサインしてくれた彼女の写真である..
-
街角にコマネチがセミパラチンスクの街の中を歩いていたら、何故かコマネチの写真が出ていた。スポーツ用品店の外の壁だった。写真は20歳を過ぎた頃のものか。こんなところで出会うとは思ってもいなかったが、昔を思い出した。 ..