記事「下関」 の 検索結果 1317 件
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鬼ヶ城山 下関吉見鬼ヶ城山 吉見村鬼ヶ城山は昔白橋山といひしが、豊浦郡司安濃津三郎平貞衡と申す人の時、此山より鬼神出で、全民を悩ますこと夥し。 貞衡大に驚きて、如何なる鬼ならんと陰陽師に占はしめければ、此の..
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龍王山 下関吉見龍王山 景行天皇庚寅2月4日、天地晦瞑震動して、大神当山千母平嶽に出現し給ふ。 翌朝里人参登し見れば、数千の草右山中に在り。 就中辰の方とに巨巌あり。 同11月大神宣はく、郷中に復..
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龍城国 脱解竜城国 (龍城国) の「竜」は下関市吉見の竜王山 (614メートル) である。 往古、吉見古宿の大久保に大綿津見神社があった。 大綿津見社下宮を浜宮さんといい、この浜で汐を汲み、身を清めて参詣..
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元の使者が来た室津豊浦郡郷土誌 P658 室津の名義 附 蒙古上陸地 和名抄本郡郷名に室津 (無呂津) とあるこれなり。 名義ムロは多く港津に用ふる名なり。 此地は往古韓国往来の要津にして、北条九..
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川棚 は 大日本の首都だった推古天皇は 額田部皇女 といい、都は 豊浦宮 だった。 新撰姓氏録に額田部は天津彦根命の後也とあるので、天津の場所は川棚である。 川棚の高野遺跡は下関周辺の遺跡としては大きいので、こ..
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末盧国 の 室津末盧国の候補地は、下関市の ① 彦島西山の南風泊 ② 吉母 ・・・・ 神功皇后は吉母の黒島から三韓へ船を発着 ③ 室津 ・・・・元の使者が船で到着 室津には船が港に入ってくる湾の出..
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高天原 は下関市 一の宮東町下関の住吉神社内にある 検非違使社 こそが伊都国の一大率である。 伊都国に世々王あり この王は、候補として ① 糸島の王家 ② 出雲 ③ 筑紫日向高千穂宮の三代 ④ 高天原 ..
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熟皮高麗岩波文庫 日本書紀(三) P142 仁賢天皇 6年是歳 大倭国の山辺郡の額田邑の熟皮高麗 倭国でなく大倭国である。 額田は続日本紀では豊浦郡の者である。
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葦北 水島日本書紀 景行天皇 18年4月11日 岩波文庫 日本書紀(二) P78 海路より葦北の小嶋に泊りて、進食す。 時に、山部阿弭古が祖 子左 を召して、冷き水を進らしむ。 是の時に適りて..
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日本書紀 弘計天皇 (顕宗天皇)岩波文庫 日本書紀(三) P102 来目稚子 大兄去来穂別天皇の孫 市辺押磐皇子の子 荑(はえ)媛 蟻臣の娘 居夏姫 億計王 (嶋稚子、大石尊) 弘計王 (..
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橘の小戸 で 曲水の宴下関市の 砂子多川に伊奘諾尊が禊ぎをした橘の小戸があった。 その場所は後に毛利の殿様が曲水の宴をひらく場所になった。 小字 「知原」・・・・秋根上町3丁目 - 11 曲水の宴 ・ ..
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大伴金村 の 家欽明天皇 元年 9月5日 岩波文庫 日本書紀(三) P240 「 是に、大伴大連金村、住吉の宅に居りて、疾を称して朝らず。 天皇、青海夫人匂子を遣して、慰問はしむること慇懃なり 」 ..