記事「京都」 の 検索結果 58648 件
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小野寺いよ墓小野寺いよは、小野寺十内の養女になった、小野寺十内の妻である丹の妹。 赤穂浪士の討ち入りの年である元禄15年(1702年)4月21日に没。いよの 墓は、京都市下京区、堀川五条近くにある小野寺丹の墓..
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小野寺丹墓小野寺丹は赤穂義士の一人である小野寺十内の妻。江戸で夫が切腹す ると、丹は本圀寺で食を断ち亡くなったとも、娘の墓前で切腹したとも伝わ っています。京都市下京区、堀川五条近くの路地の奥に墓があります..
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光縁寺京都市下京区にある浄土宗のお寺。かつて光縁寺門前近くには新選組の 馬小屋があったことから新選組との縁も深く、境内には、山南敬介をはじめ、 松原忠司、桜井勇之進、田内知などのほか多くの隊士の墓があり..
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新撰組隊士墓京都市下京区の光縁寺にある新撰組隊士の墓。3つ並ぶ墓石の向かって 一番右側が、脱走して切腹をした山南敬助の墓。少し離れた小さな墓石は、 沖田総司が連れてきた縁者で、山南敬助の恋人「明里」の墓だそう..
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前川家(壬生)文久3年(1863年)から2年間、新選組の屯所となった京都の壬生にある家 で、池田屋事件の端緒となった古高俊太郎の拷問はここの土蔵で行われた とのことです。現在は個人の住宅のため、内部は一般公開さ..
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八木家(壬生)文久3年春、江戸から京に入った浪士隊が宿営した京都壬生村の郷士の家。 その後分裂した浪士隊の一部が新撰組を結成し、この八木家を屯所としまし た。内部抗争で芹澤鴨が暗殺された部屋とその時の刀傷が残さ..
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新徳寺京都市中京区壬生にある、臨済宗永源寺派のお寺。新撰組にまつわる最初 の大舞台となった場所で、上洛した新撰組の前身浪士組のリーダーであった 清河八郎が、浪士達を集めて大演説をしたのがこの新徳寺の本堂..
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壬生寺京都市中京区壬生にある律宗大本山のお寺。幕末には京都の治安維持を 目的に活動した新選組の本拠が壬生村の八木家に置かれたため、当寺境 内は新選組の兵法調練場に使われ、武芸などの訓練が行われたそうです..
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新撰組顕彰碑・慰霊塔京都市中京区の新撰組との縁が大変に深い壬生寺にある、新撰組顕彰碑と 新撰組隊士慰霊塔。「新選組顕彰碑」は京都で活動している「新選組同好会」 が、結成20周年を記念して平成7年(1995年)に建てた..
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近藤勇像幕末の京都の街で恐れられた新選組は、京都守護職配下の組織として 壬生の八木家で発足。近藤勇はその新選組局長として京の街の治安活動 に大活躍した人物で、八木家のすぐ近くの、壬生寺の境内に像があります..
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河合耆三郎墓 近藤勇遺髪塔京都市中京区の壬生寺境内にある、河合耆三郎の墓と近藤勇の遺髪塔。 河合耆三郎は勘定方として活躍した新撰組隊士で、池田屋事件にも参戦し 褒賞金をもらっていましたが、慶応2年(1866年)2月、切腹さ..
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新撰組隊士墓京都市中京区の壬生寺の境内にある、新撰組隊士の墓。左側にあるのが 文久3年(1863)9月16日に八木邸で暗殺された芹沢鴨と平山五郎の二人 の墓で、右側にあるのが、池田屋事件で亡くなった隊士など7..