記事「仏像」 の 検索結果 2593 件
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不空羂索観音 はだかのお像平成24年2月26日の日経新聞「美の美」に、まるで足の短いお相撲さんのような仏像の写真が、国宝不空羂索観音立像として、大きく載っていました。 あのくもの巣のような光背がなく、大きな宝冠も、手..
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聖林寺・十一面観音 雲と星と聖林寺十一面観音は、和辻哲郎の「古寺巡礼」には、廃仏毀釈のおり、路傍に捨てられていた仏像を拾ってきたと書いてあるが、別の説には、三輪山にあった神宮寺のお寺から貰い受け、リヤカーに乗せ、聖林寺の住職と..
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聖林寺・十一面観音 優美身体に着けていらっしゃるのは、肩から流れる条はくと天衣だけである。左手に山吹色に光る未開蓮の水瓶を捧げておられるが、光背も胸飾や瓔珞もとれていていて今はない。腕にも臂釧や腕釧は着けておられず、ただ、..
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聖林寺・十一面観音 苦渋と慈愛2メートルの仏像であるからお顔は見上げるかたちになる。 観音様は、唇をへの字にまげた泣きっ面で、円いふっくらとしたお顔は正面を見据えている。 観音様は、乾漆造りでお顔の金箔の落剥がざら..
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聖林寺・十一面観音 コンクリートのお堂秋の終り、聖林寺の十一面観音に逢いに奈良の南を訪ねた。 聖林寺は、小さな集落に守られるようにして、三輪山と大和平野を一望にみわたせる山裾に、山寺然としてこじんまりと建っていた。大きな寺院を想像..
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阿修羅 2つのおもい基王が死んだときの橘三千代の悲嘆は、娘安宿媛(後の光明皇后)が首皇子(後の聖武天皇)の「夫人」となって10年目にしてやっと生まれた待望の男子(皇子)でしたから、男子親王を亡くしたという落胆は大きかっ..
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阿修羅 光明皇后聖武天皇の皇后 光明皇后は、皇后の生母である橘三千代の菩提を弔うために、興福寺に西金堂を寄進しました。 西金堂のお像のプランも、光明皇后の発意によるものと思われます。 光明皇后はなにゆえ童子..
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阿修羅 静寂阿修羅は、胸の前で固く手を合わせ、一心に願いごとをしているのか、それともなにか胸のうちの悲しみに湛えているのか、思いつめたような表情をしています。 他の天竜八部衆の表情には、相手を威嚇しているよ..
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阿修羅興福寺の阿修羅像は、10代のころ、このような女性にめぐり合えたらと飽かず見とれたものでした。 初めて、この像の前に立ったとき、深く静かな表情に衝撃をうけ、観ていると奥深い森に迷い込んだような静寂..
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仏像フィギュア 京都京都で仏像展が開催されているのを見聞きすることがあります。仏像のフィギュア製作で有名なイSムの作品が展示されることもあります。しかし仏像の所在地を確認すると 木造 金剛力士立像 奈良県 興福寺阿修羅..
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イスム 仏像 伐折羅大将イスムでは十二神将の一尊、伐折羅大将を迫力満点に再現しています。 薬師如来を守護する十二の武神からなる、群像十二神将です。七千の配下を従え、総勢八万四千の大軍勢で苦行を重ねる薬師如来を悪鬼の妨害から..
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興福寺その他の伽藍、中金堂から見る「新しい風景」を中心に 内部の仏像空間に関するメモ付き東伽藍の新しい風景。 金堂から見る東伽藍 東伽藍 東金堂 建物は、室町時代の再建だが、奈良時代の面影を色濃く残す風格あふれる名建築だと思う。 やはり室町期再建..