記事「侵略」 の 検索結果 801 件
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考古学者・八幡 一郎 (後)1955年から56年にかけて河出書房から藤田亮策・後藤守一・上原専六の三氏を監修者として『日本考古学講座』が刊行された。その第4巻に挿入された『月報2』に掲載された宮川寅雄1956「考古学への夢」と題..
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考古学者・八幡 一郎 (前)「山内清男、甲野勇、八幡一郎(1902-1987)という、いずれも東京帝大人類学教室(選科)を出た三人の研究者は、しばしば「編年学派」と呼ばれるが、ここで甲野を取り上げるのは、彼が戦時中、厚生省(民族..
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裵2002「朝鮮の過去をめぐる政治学」裵 炯逸(藤原 貞朗訳) 2002 「朝鮮の過去をめぐる政治学 -朝鮮半島における日本植民地考古学の遺産-」『日本研究』第26号:15-52.(Pai, Hyung Il 1994 The Polit..
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山路2006『近代日本の海外学術調査』山路 勝彦 2006 『近代日本の海外学術調査』日本史リブレット64、山川出版社「本書は、こうした植民地官吏の活動にも配慮しながら、明治・大正・昭和にわたって植民地帝国を生きてきた日本の人類学者が、植..
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菊池編2011『季刊 考古学』第116号菊池 実 編 2011 『季刊 考古学』第116号、特集 戦争と慰霊の考古学、雄山閣「戦争遺跡は、日本の侵略戦争や植民地支配に関わる歴史的事実を伝える。さらには地域が戦争で失った貴重なもの、地域が戦災..
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吉村1999「東京帝国大学考古学講座の開設」吉村 日出東 1999 「東京帝国大学考古学講座の開設 -国家政策と学問研究の視座から-」『日本歴史』第608号:93-108.「本研究の対象である帝国大学考古学講座は、「東亜考古学」を中心課題にして..
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「キャンパスのなかの戦争遺跡」2010年度三田史学会大会シンポジウム「キャンパスのなかの戦争遺跡 -研究・教育資源としての日吉台地下壕-」日時:2010年6月26日(土) 13:00~16:30場所:慶應義塾大学三田キャンパス(港..
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東亜考古学会編1939『東京城』東亜考古学会編1939『東京城 -渤海国上京龍泉府址の発掘調査-』東方考古学叢刊 甲種第五冊 TUNG-CHING-CHENG Report on the Excavation of the Sit..
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石製龍頭ソウル駅から地下鉄4号線で4つ目二村駅で降りてすぐ巨大な国立中央博物館が見えてくる。1階南側の考古館を通り抜け、歴史館二つ目の「渤海室」に入る。部屋の中央に据えられたガラスケースには、周囲からスポット..
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侵略考古学(補)「学問と現実との分離こそ、まさに主観的中立主義と史料操作の実証主義によって支えられた官学アカデミズムの歴史的性格であった。現実から離れ、思想を抜きにした資料操作のテクノロジーこそが考古学研究の本領と考..
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「戦時清国宝物蒐集方法」「第一 本邦文化ノ根底ハ支那朝鮮ニ密接ノ関係ヲ有シ我固有ノ性質ヲ明ニスルニ於テモ是等ト対照スルノ必要アリ故ニ大陸隣邦ノ遺存品ヲ蒐集スルハ学術上最大ノ要務ニ属セリ第ニ 本邦ハ実ニ東亜ノ宝庫ト称スヘキモノ..
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侵略考古学「第二次大戦後、朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮という)と大韓民国(以下韓国という)が成立すると、日本の古蹟調査に対する厳しい批判が北朝鮮と韓国の研究者から提起されたが、日本人考古学者からはそれに対..