記事「像」 の 検索結果 731 件
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渋沢栄一像(常盤橋公園)日本銀行のすぐ近く、東京都千代田の常盤橋公園内にある渋沢栄一の像。渋沢栄一は、第一国立銀行や東京証券取引所等の多種多様な企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」とも云われています。
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山岡鉄舟像飛騨高山の高山陣屋の直ぐ近くにある「青雲」と題された山岡鉄舟の像。 山岡鉄舟は飛騨郡代となった父に従い、弘化2年(1845年)に9歳で飛騨 高山に赴き、嘉永5年(1852年)、父の死に伴い江戸へ戻った..
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雷電為衛門像雷電爲右エ門は信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身の 元大相撲力士で、大相撲史上未曾有の最強力士とされています。 諏訪大社上社本宮境内に、矢崎虎夫作(文部大臣賞受賞)の像があります。
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津軽為信像戦国時代から江戸時代前期にかけての武将で、陸奥弘前藩初代藩主。津軽為信が鷹岡(現在の弘前)に築城を開始して、それが弘前の街の始まり。津軽氏が代々弘前藩の藩主となり、明治維新まで続きました。
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皇女和宮像神戸市須磨区の安徳帝内裏跡の傍らにある皇女和宮の像。和宮親子内親王は、仁孝天皇の第8皇女で、孝明天皇の異母妹。皇室から江戸幕府第14代将軍・徳川家茂の正室へと降嫁しました。
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紫式部像京都府宇治市の宇治橋の袂にある源氏物語の作者とされる紫式部の像。平安貴族の別荘が多くあった宇治は、「源氏物語」最後の舞台として選ばれ、源氏物語の「宇治十帖」に関連する古蹟も数多く点在しています。
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二宮金次郎像(小学校)二宮尊徳(通称金治郎、金次郎)の少年の頃の薪を運びながら本を読む像。14歳の時から、尊徳は朝は薪とり、夜は草鞋作りをして、一家4人の生計を立て、これが勤勉の手本とされ、各地の学校にも像が建てられました..
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出雲阿国像出雲阿国は、かぶき踊りの創始者とされる安土桃山時代の女性芸能者。このかぶき踊りが女歌舞伎、さらに現在の歌舞伎へと変遷してきたとのこと。京都南座の近く、四条大橋の北東袂に出雲阿国の像が建てられています。..
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洗い観音像東京都豊島区の高岩寺(通称とげぬき地蔵)の境内に立つ石造の聖観音像。自分の治癒したい部分に相応する観音像の部分を洗う、または濡れタオルで拭くと利益があるとのことです。かつては像の表面をたわしで擦ってい..
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しばられ地蔵東京都文京区の林泉寺にあるお地蔵さま。昔から「盗難や失せ物があると、地藏尊に縄をかけ、願いが叶うと縄をほどく」 と言う変った風習があり、現在も荒縄で全身をぐるぐる巻きにされています。「大岡政談」の話に..
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和気清麻呂像和気清麻呂は奈良時代末から平安初期の貴族で、神護景雲3年(769年)に2度めの宇佐八幡の神託を奏上し、道鏡の野望を砕いたと伝わっています。昭和15年(1940年)に紀元2600年を記念して、忠臣の鑑と..
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岡上景能像岡上景能は養父景親の跡をついで幕府代官となり、各地の用水路整備や開墾に尽力しました。しかし、用水路建設の費用に年貢米を流用したなどの理由により江戸に召喚され、その道中の貞享4年(1688年)12月3日..