記事「像」 の 検索結果 731 件
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前田利家像金沢市の尾山神社にある、加賀藩前田家の祖、前田利家の像。 前田利家は、織田信長に小姓として仕え、その後は羽柴秀吉に臣従し、 加賀国・越中国を与えられて加賀藩百万石の礎を築きました。
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お松の方像金沢市の尾山神社境内にある、石碑に彫られた「お松の方」の像。 お松の方は、加賀国の戦国大名・前田利家の正室で、学問や武芸にも通じ、 秀吉夫妻とは、清州時代からの懇意の間柄であったことで知られていま..
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山岡鉄舟像飛騨高山の高山陣屋の直ぐ近くにある、「青雲」と題された山岡鉄舟の像。 山岡鉄舟は飛騨郡代となった父に従い、弘化2年(1845年)に9歳で飛騨 高山に赴き、嘉永5年(1852年)、父の死に伴い江戸へ..
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敷石の龍神埼玉県秩父市に鎮座する三峯神社の拝殿前にある、敷石の龍神様。 拝殿前の石畳に水をかけると浮き出て来るこの龍神様は、辰年の平成24年 (2012年)に突如として浮き上がったもので、縁起が良いとされて..
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雷電爲右エ門像雷電爲右エ門は、信濃国小県郡大石村(現・長野県東御市)出身の 元大相撲力士で、大相撲史上未曾有の最強力士とされています。 諏訪大社上社本宮境内に、矢崎虎夫作(文部大臣賞受賞)の像があります。
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舟地蔵藤沢市の大場城址公園の南、県道43号線沿いにあるお地蔵さま。その昔、 北条早雲が大庭城を攻めたとき北条軍に協力しましたが、秘密が漏れるの を防ぐため殺された老婆を供養するために建てられたとの伝説が..
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唐人お吉像幕末の下田で、玉泉寺の米領事館に奉公にあがったのが唐人お吉。 尾張国知多郡西端村(現在の愛知県南知多町内海)に生まれ、 4歳まで内海で過ごしたとのことで、生地近くに像が建てられています。
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源義朝像源義朝は、保元の乱では後白河方の中核となって戦った河内源氏の武将。 乱後、左馬頭に任じられましたが、平治の乱では平清盛に敗れ、再起を 目指して東国へ落ちる途中、野間で裏切りに遭い謀殺されてしまいま..
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織田信長像(岐阜)岐阜は、以前は美濃斎藤氏の本拠地で、井ノ口という地名でしたが、 織田信長が、永禄10年(1567年)、斎藤龍興を敗走させ、稲葉山城を 手に入れ、美濃を支配するようになった時、井ノ口を岐阜と改称しま..
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板垣退助像(岐阜公園)板垣退助は、土佐藩出身の自由民権運動の主導者として知られる政治家。 明治15年(1882年)4月、岐阜で遊説中に襲われ負傷した際に、出血しなが らも、「板垣死すとも自由は死せず」と言ったことが広く..
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津軽為信像戦国時代から江戸時代前期にかけての武将で、陸奥弘前藩初代藩主。 津軽為信が鷹岡(現在の弘前)に築城を開始して、それが弘前の街の始まり。 津軽氏が代々弘前藩の藩主となり、明治維新まで続きました。
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後藤伍長像後藤房之助は宮城県出身で、青森第5連隊の伍長として雪中行軍に参加。 遭難4日目の1月27日午前10時頃、仮死状態で発見されました。 この像は全国からの将校の寄付により制作されたものです。