記事「像」 の 検索結果 731 件
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金太郎像(足柄峠)金太郎は、現在の神奈川県南足柄市、静岡県駿東郡小山町などに生地 伝説を残し、後に源頼光の四天王の一人となった、坂田金時の幼名。 童謡で歌われている、鉞を担ぎ熊に跨る金太郎の像が足柄峠にあります。
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太田道灌像(東京国際フォーラム)太田道灌は、扇谷上杉家の大変多才で優秀な家宰でしたが、江戸城を 築城して、江戸(東京)の街の基礎をつくったことでも知られています。 東京国際フォーラム(旧東京都庁跡地)の中に像が建てられています。..
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近藤勇像近藤勇の生家跡から程近い、龍源寺の門前にある近藤勇の胸像。 近藤勇や土方歳三の出身地である多摩地区は、当時江戸幕府の直轄領で あり、幕府への忠誠心が厚く、多くの新選組隊士の出身地になっています。
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ペルリ提督の像昭和28年(1953年)7月20日、日本開国百年記念祭を開催した際に、 東京都がペリー提督の出身地であるロードアイランド州ニューポート市に 石灯籠1基を贈った答礼として、この像が芝公園に設置された..
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真田信繁像(三光神社)真田信繁は真田幸村として知られている、安土桃山時代から江戸時代初期 にかけての武将で、大坂冬の陣における真田丸の戦いで知られています。 真田丸があった場所とされている三光神社の境内に像があります。..
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絵島像絵島は、江戸時代中期の江戸城大奥御年寄であった女性。 歌舞伎役者・生島新五郎とともに大奥につとめる多数が処罰された 風紀粛正事件、江島生島事件の中心人物で、高遠に流されていました。
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お吉地蔵日本の教育者・思想家であった新渡戸稲造は、唐人お吉の大の同情者の 一人であり、お吉が淵に建つこのお地蔵様は、新渡戸稲造の篤志によって 昭和8年8月に建立されたものだそうです。
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吉田松陰像(下田)吉田松陰は、長州出身の武士で、思想家、教育者であり、山鹿流兵学師範。 嘉永7年(1854年)、ペリーが日米和親条約締結の為に再来航した際に、 金子重之輔と二人で、下田から密航の企てを実行しようとし..
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踏海の朝静岡県下田の柿崎弁天島の傍にある、吉田松陰と金子重之助の像。 吉田松陰と金子重之助の二人は、下田湾に停泊中のペリー艦隊の 旗艦ポーハタン号まで小舟でこぎ寄せましたが、密航は拒絶されました。
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山田検校像山田検校は宝暦7年(1757年)に江戸に生まれた山田流琴曲の開祖。幼くして失明しましたが、琴を学び、のちに山田流を興しました。代表作に「江の島曲」があり、実際に江の島に滞在して構想を練ったといわれてい..
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ペリー艦隊来航記念碑(下田)嘉永7年3月3日(1854年3月31日)に、江戸幕府とアメリカ合衆国の間で 日米和親条約(神奈川条約)が締結され、下田と函館が開港されました。 開港後の下田にペリー艦隊が来航し、上陸したのがこの地..
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下岡蓮杖記念碑下岡蓮杖は文政6年(1823年)、下田中原町に生まれ、絵師を志しましたが、 結局は、横浜で写真術を習得し、営業写真館「全楽堂」を馬車道に開きました。 下田公園には下岡蓮杖の記念碑と銅像が建立されて..