記事「兵庫」 の 検索結果 8138 件
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平相國廟神戸市兵庫区にある能福寺の境内にある、平清盛の墓、平相國廟。 平清盛は、養和元年(1181年)、閏2月4日に京で死去、享年64歳。 能福寺は平清盛が出家した寺と伝えられ、平家一門の祈願寺でした。
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瀧善三郎正信碑神戸市兵庫区の能福寺にある、瀧善三郎正信の供養碑。 滝善三郎正信は幕末の備前岡山藩士で、神戸事件の責を一身に背負い、 永福寺において外国人検視7名を含む列席が見守る中で切腹しました。
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一遍上人墓神戸市兵庫区の真光寺の境内に、一遍上人の御廟所があります。 一遍上人は鎌倉時代中期の時宗開祖の僧侶で、文永11年(1274年)に 遊行を開始し、15年半後に兵庫津の観音堂(後の真光寺)で没しました..
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楠公供養石神戸市兵庫区の阿弥陀寺の境内にある大きな石で、延元元年(1336年)の 湊川合戦の際、魚の御堂(所在地不詳)に本陣を置いた足利尊氏らが、 戦いに敗れた楠木正成の首を置いて首実検した石だといわれてい..
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清盛塚高さ約8.5mの十三重の石塔で、大正12年の調査では遺骨は発見されず、 墓ではなく供養塔であることが判明したとのことです。 石塔の隣には平清盛像と、平経正に因んだ「琵琶塚」碑が建てられています。
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琵琶塚 平清盛像琵琶塚は、もとは前方後円式の古墳石でしたが、平敦盛の兄で琵琶の名手 平経正に結びつけて琵琶塚(経正塚)と呼ばれるようになったそうです。 琵琶塚の横には、平清盛像が建っています。
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萱の御所跡神戸市兵庫区の薬仙寺境内にある「萱の御所跡」の碑。 平清盛が対立を深めていた後白河法皇を幽閉したのが萱の御所だそうで、 文覚上人が忍びこみ、法皇から平家追討の院宣を得たとの説もあります。
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霊泉神戸市兵庫区の薬仙寺境内にある、「薬仙寺」の名の由来ともなった霊泉。 建武年間(1334年~1337年)に後醍醐天皇が隠岐島より帰京の途次 病気となり、この霊泉で薬を調進すると忽ち平癒されたと伝え..
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薬仙寺薬仙寺は、神戸市兵庫区にある時宗のお寺で、建武年間に、 後醍醐天皇が隠岐島より帰京の途次、病気となったがこのお寺の霊泉で 薬を調進するとたちまち平癒され、薬仙寺の号を賜わったと伝わっています。
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和田神社神戸市兵庫区にある神社で、和田宮ともいうそうです。 現在の神社より西南約800mのところにあった蛭子の森に、平清盛が 承安3年(1173年)に、市杵嶋姫大神を勧請したのが始まりとのことです。
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三石神社神戸市兵庫区にある、神功皇后・天照皇大神・素盞嗚大神を祭神とする神社。 602年に推古天皇がこの地を訪れて禊を行った際に、玉座とした石を三石と 呼び、天平時代に、その旧跡に祠を立てたのが三石神社の..
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海泉禅寺寺伝では、正応元年(1288年)漸岸覚俊禅師が駒ヶ林で暴風雨に遭ったが、 一心に観音経を念誦すると龍灯が現れ、その導きで無事に帰ることができた。 その奇端に感じ、正応2年(1289年)圓明国師を開..