記事「北条政子」 の 検索結果 128 件
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源頼朝・北条政子像源頼朝が流されて約20年を過ごしたとされている蛭ヶ小島にある二人の像。 流人の頼朝と恋に落ち、頼朝の妻になったのが地元の豪族の娘の北条政子。 その後、頼朝は鎌倉に幕府を開き、政子も尼将軍と言われるまで..
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寿福寺鎌倉市扇ケ谷にある臨済宗建長寺派の寺院。開基は北条政子で開山は 栄西。この地は源義朝の屋敷があった所で、源頼朝も屋敷を構えようとした 場所です。境内には北条政子の墓、源実朝の墓と伝わるものがあります。..
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北条政子墓北条政子は北条時政の娘で源頼朝の妻。源頼朝亡き後は尼将軍として幕府 の実権を握り鎌倉幕府を指導しました。北条政子の墓は寿福寺の境内にあ り、すぐ傍には源実朝の墓もあります。
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源頼朝・北条政子の腰掛石三嶋大社の境内にある源頼朝・北条政子腰掛石と呼ばれている石。治承4年(1180年)5月、源頼朝が平家追討の心願をこめて百日の日参をした時に、この石に腰をかけて休憩したと伝えられているそうです。
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厳島神社(三嶋大社)三嶋神社の境内にある神池中の島に鎮座する神社で、ご祭神は市杵嶋姫命。北条政子が勧請したと伝えられていて、家門繁栄、商売繁盛、安産、裁縫等の守護神として広く信仰されているそうです。
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秋戸郷跡治承4年(1180年)、源頼朝は石橋山合戦に敗れて安房に逃れ、その間、北条政子は、平家の手から逃れるため、秋戸郷で隠れていたとのことです。その後、頼朝は鎌倉に入り、政子は秋戸郷から鎌倉へと向かったそう..
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腰掛石(伊豆山神社)静岡県熱海市に鎮座する伊豆山神社境内にある、頼朝・政子の腰掛石。伊豆山神社は、源頼朝と北条政子の恋の舞台と伝えられていて、境内には、二人が座ったとされる石(腰掛石)が置かれています。
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琵琶島神社横浜市金沢区の横浜シーサイドライン金沢八景駅の近くに鎮座する神社。平潟湾に浮かぶ周囲60mに満たない琵琶島にあり、北条政子が琵琶湖竹生島の都久夫須麻神社から弁財天を勧請したと伝わっています。
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長楽寺跡長楽寺は、北条政子が源頼朝の菩提を弔うため、嘉禄元年(1225年)に、長谷笹目ヶ谷(鎌倉文学館付近)に創建した寺と伝えられています。元弘の乱で焼失し、大町の善導寺に統合されて安養院長楽寺となりました。..
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政子石鎌倉の鶴岡八幡宮境内の源平池の源氏池にあるのが旗上弁財天。その旗上弁財天の裏手にあるのが姫石とも呼ばれている政子石で、古来縁結びの霊能があると云われている石です。
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御所台の井戸JR保土ヶ谷駅の近く、国道一号線から石難坂を上がっていく途中にある井戸。北条政子がこの井戸の水を化粧に使ったとの言い伝えがあり、「政子の井戸」とも呼ばれ、また、程ヶ谷宿苅部本陣でもこの水を料理に用いて..
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重版出来! 『鎌倉殿と執権北条氏の歴史』先日ご紹介いたしました、上記『鎌倉殿と執権北条氏の歴史』が、無事、重版となったようです! ありがとうございました! NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』もなかなか好評のようです。(面白い..