記事「卑弥呼」 の 検索結果 722 件
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古代・中世の日本【基礎のまとめ】弥生時代 この頃の日本列島のあたりは中国で倭(わ)と呼ばれていた。 前1世紀頃から中国の漢に朝貢していた。 57年には奴国が後漢に朝貢し、冊封された。 239年には邪馬台国(やまたいこく)の卑..
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孫悟空 3 桃と霊力『神人歌舞画像鏡』後漢後期2~3世紀 村上英二コレクションより転載 (承前)西王母信仰は前漢の時代に広く民衆の間で流布した。孫悟空が、既に「仙人」になっていたにも関わらず、さらに、永遠の命を我が物に..
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オオクニヌシの「国譲り」は神話の世界の御伽噺なのだろうか。この神話を卑弥呼と関連付けて解説した物を寡聞にして知らないが、「後漢書」には『桓霊間 倭国大乱』という一文が載っており、西暦146~189年の間に、倭国が大..
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別府史之別府史之(べっぷふみゆき、1983年4月10日-)は、神奈川県茅ヶ崎市出身の自転車プロロードレース選手。長兄に自転車ジャーナリストの別府始、次兄に元ロードレース選手であり、現愛三工業レーシングチーム監..
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卑弥呼の使者:倭載斯烏越(4)素戔嗚命の八岐大蛇退治 素戔鳴尊は出雲の地方神 素戔嗚命は「古事記」では「八岐大蛇(やまたのおろち)」を退治するスーパースタートして描かれています。しかし「出雲国風土記」には「古事記」..
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卑弥呼の使者:倭載斯烏越(2)素戔嗚命の八岐大蛇退治 「素戔鳴尊」とは 『古事記』によれば、素戔鳴尊(すさのおのみこと)は伊邪那岐(いざなぎ)が死者の国から帰還し、日向橘小門阿波岐原(ひむかのたち..
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卑弥呼の使者:伊聲耆掖邪狗(1)卑弥呼像 第2回目の使者を先に紹介する理由 第1回目の副使「都市牛利」の実名がわかったので、順序としては正使の「難升米」を紹介したいのですが、その前に第2回目の使者、「伊聲耆」と..
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卑弥呼の使者:伊聲耆掖邪狗(2)「掖邪狗」の読み方 「掖邪狗」の読み方について森博達京都産業大学教授は呉音で「やくやく」と読むとされていました。しかし古代豪族の系図を調べてみても、「やくやく」もしくはそれに近い人名は見つ..
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卑弥呼の使者:伊聲耆掖邪狗(5)「掖邪狗」とは「建麻利尼」 これまでの調査の結果、「掖邪狗」とは下記の理由で「建麻利尼(たけまりね)」であると断定できます。 ➀「伊聲耆」と「掖邪狗」については同一人物であり、活動時..
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卑弥呼の使者:伊聲耆掖邪狗(4)「風土記」から手がかり ある日、「播磨国風土記(はりまのくにふどき)」を読んでいたとき、「石敷命(いわしきのみこと)」の名前が目に入りました。 「石敷命」は正確には『伊和(いは)大神の御..
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卑弥呼の使者:伊聲耆掖邪狗(3)「掖邪狗」と「建麻利尼」は同一人物か 「掖邪狗」が派遣されたのは第9代開化(かいか)天皇、第10代崇神(すじん)天皇あるいは第11代垂仁(すいにん)天皇が統治していた時期です。 「建麻利..
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卑弥呼の使者:都市牛利内藤虎次郎(湖南)博士 内藤博士の「卑弥呼考」 私は最初、「物部氏こそヤマト王権の大王」であろうと思い、「饒速日命(にぎはやひのみこと)」の子孫の中で物部氏を重点的に調べていま..