記事「命日」 の 検索結果 670 件
-
母の二十三回忌母が亡くなって二十二年の月日が流れた。 まだ母が逝った歳には何年もあるが、兄が逝った五十一歳はとっくに過ぎた。 午前十時にお坊さんがいらして、お経をあげて頂いた。 途中でお焼香をして..
-
春は名のみの風の寒さや梅開花の報せもちらほらと聞くようになったが、自宅近くでやっと今年の梅を見つけた。 北風に乗って、梅の香が漂って来たのだ。 何年経っても、今日という日は特別な一日である。 彼の人生に伴..
-
母の忌日に思うこと今日は平成5年に逝った母の墓参に出掛けた。 それから今日までの月日を想うと、回りの状況も含め、私の日常も大きく変化していることに思い至る。 不肖の息子は、その変化の波に流され、かろうじて今..
-
風景には時代の堆積がある当時、これほど墓石は林立していなかった。 15年という月日の長短を考えてみる。 もし生きていれば、などと夢想するのは詮無いことであって、事実は願望で歪曲されるだけだ。 桂宮殿下が薨去..
-
ミクロコスモス胸の内に巣食う寂しさを絞り出してインク瓶に溜めれば、それで懐かしい人に手紙を書けそうな気がした。 でも宛て先が分からないから途方に暮れている。 こんな夜は、香を焚きながら焼き物の図録を見て..
-
数えても意味のないことを数えている有無を言わせぬ出生の理不尽と、例外を許さぬ死の残酷との狭間に生き、すでに最末期を予感していた親友は、果たして無常観を基礎とした諦念を抱いていただろうか。 健康な人間が狂気にならずにいられるの..
-
比喩と倒置法東京マラソンの日の夕方は、月島や佃の銭湯が満員になるという。 走り終えた市民ランナーたちが、帰る途中で汗を流すからなのだろう。 完走した人も、残念ながら断念せざるを得なかった人も、本当にご苦労..
-
一枚の写真が語ること一番左が私の母なのだが、撮ったのがいつかは分からない。 戦局が押しつまった昭和二十年とは考えにくいから、17年から18年にかけての撮影か。 いずれにせよ、十代半ばのものだろう。 馬鹿な私..
-
撫子は好きですか花屋さんで切り花を選んでいたら、今年初めて撫子を見つけた。 撫子は一番好きな花。 もうそんな季節なのかと、これは私の感慨。 色取りどりの花を集め、墓参に向かった。 さてしかし、兄は何の..
-
思い出は夏色徒然なるままに…。 今日は51歳で逝った兄の誕生日だ。 生きていれば何歳になるのかな。 昨日は東京でも春一番が吹いて、暖かいというよりは汗ばむほどの陽気だったけど、今この時間は寒..
-
夏の日の思ひ出 白馬岳登山おやぢと白馬岳に行きました。 出発前に、猿倉山荘をバックに写真を撮ります。 撮ってやるからと、嫌がる私を撮りやがります。 私、ふてくされます。 とにかく出発です。 ..
-
記憶にございません親不孝だった不肖の息子が、この時期になると、ポツポツとおかんの遺品の整理をする。 何年経っても遅々として進まず、今年もまた、ちょこっとだけ手を付けて終わりにした。 衣類はすべて何らかの形で処分..