記事「地震」 の 検索結果 25980 件
-
関係を特化する壁が崩れたとき―「いわてとわらじと私の暮らし」とは盆休みも終わりが迫った16日、「身近な被災体験 第19信」をメール送信した。以下前置き部分。 こんばんは。ごぶさたしています。 黄色い部屋はかってエアコンがあった頃も、使用した..
-
埼玉の地域から東北の地域をおもう ―市民福祉講座「いわてとわらじとわたしの暮らし」に寄せて就労支援センターのほうも忙しいのと8月に予定されている埼玉障害者市民ネットワーク(野島久美子代表)の総合県交渉に向けて要望書案を検討したりと、やはり、このブログを更新するひまがない。でも、せめてイベン..
-
身近な被災体験―仙台そして越谷(月刊わらじ5月号より)前回のブログに載せた [「身近な被災体験 第18信」 → https://room-yellow.seesaa.net/article/201105article_6.html の文章のうち、月..
-
震災をきっかけに日常を再発見―メール通信「身近な被災体験」第18信に3.11の震災から2ヶ月半になろうとしている。この間に、筆者は「身近な被災体験 第○○信」というメールによる通信を、筆者がある程度顔を見知っている方々に送信してきた。このメール通信は、主として、筆者..
-
月刊わらじより ナオトニーのきんきゅう4コマ「地震とどまり1泊2日間」を転載月刊わらじ4月号 特集「死活問題」から、前田ナオトニーくんの4コマまんがを紹介。想い起せば、彼との初めての出会いは、30数年前。開設間もないわが谷中耳鼻咽喉科医院の診療時間中に、とつぜん見知らぬ小さ..
-
地に足 踏ん張って 関わり合うこと写真は1週間前の石巻市内。がれきにうずもれた家の片付けに出かけたわらじの会メンバーが見た風景。 今日は3.11から45日目。筆者の地元・埼玉県春日部市では、駅からまっすぐの藤棚通りで..
-
大震災―そのとき…そしていま 私は日々があわただしくやってきて、人々を置き去りにして飛び去って行く。震災からいまにいたるまで大きな余震が、何度となくおこり、津波の被害の大きさがつぎつぎとあらわにされ、原発事故の影響は悪無限的に深まり..
-
伝え合おう!身近な被災体験 メール通信を発行中>今年筆者が送った年賀メールー「くだくだしい私の…」というタイトルで前にブログで紹介した、そのメールの中に、カランコエというマダガスカル原産の多肉植物の越冬の試みについてふれた。障害者たちと一緒..
-
聴覚障害者Oさんの八戸便り その3八戸現地の聴覚障害者・Oさんからの第3報を紹介する。これは15日に届いたメール。ずいぶんブログでの紹介が遅れてしまった。実は、筆者は、いまこのブログよりも、「身近な地震被災体験」と名付けたメール通信に..
-
地震現場・八戸の聴覚障害者Oさんから第2報&埼玉での被災体験も八戸の聴覚障害者・Oさんの最初のメールは、筆者らがまだ11日夜新幹線に乗るころに発信されていた。そして、Oさんからの二度目のメールが、12日夕方5時すぎに送られてきた。そのメールに添えられた2枚の写真..
-
3月11~12日の帰宅難民体験 そして八戸現地Oさんからのメール地震があった11日深夜、東京駅近くの丸ノ内オフィスビルのロビーで、一夜を明かすたくさんの人々。 この夜、筆者を含むわらじの会関係者5名は、名古屋からやっと動いた新幹線に乗って東京駅までたどり着いた..
-
地震被災の現場からの発信―八戸の聴覚障害者Oさんからこの写真は、八戸の聴覚障害者・Oさんが12日朝7時に携帯メールで送ってきてくれたもの。写真は昨夜撮影。そこに添えられたOさんのコメント…… 「青森県八戸市の昨夜の状態です。(港) 津波で車が打..