記事「埼玉」 の 検索結果 9766 件
-
大蔵館跡大蔵館は源氏の棟梁源為義の次子である源義賢の居館と伝わるところ。源義賢は武蔵国比企郡大蔵に館を構え、近隣に勢力をのばしていましたが、久寿2年(1155年)、甥の源義平に大蔵館を襲撃され討たれてしまいま..
-
班渓寺埼玉県比企郡嵐山の班渓寺は木曽義仲誕生の地と伝えられています。妙虎大姉(山吹姫)が、源頼朝の追手により殺害された我が子義高と、夫であった木曽義仲の菩提を弔って、この寺を建立したとのことです。
-
鎌形八幡神社埼玉県比企郡嵐山町鎌形に鎮座する源氏の氏神として仰がれていた神社。平安時代の初期の延暦年間に、坂上田村麻呂が九州の宇佐八幡神社の御霊をここに迎えて祀ったのが始まりであると伝えられています。
-
木曾義仲産湯の清水埼玉県比企郡嵐山町の源氏の氏神として祀られている鎌形八幡神社の境内にある「木曾義仲産湯の清水」と伝えられている湧水。義仲が生まれたのは、大蔵館にほど近い鎌形であると伝えられています。
-
菅谷館跡菅谷館は武蔵国男衾郡にあった菅谷城とも呼ばれる城で、鎌倉幕府の有力御家人として知られる畠山重忠の館でした。菅谷館跡は国の史跡に指定されていますが、現在、館跡には埼玉県立嵐山史跡の博物館が設けられていま..
-
畠山重忠像畠山重忠は鎌倉幕府の有力御家人で幕府創業の功臣として重きをなし、武勇の誉れも高く、その清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑」と称されました。しかし、源頼朝の没後に北条時政の謀略により討たれてしまいました。
-
久米川古戦場元弘3年(1333年)5月12日に、武蔵国久米川(現在の東京都東村山市諏訪町)において、桜田貞国率いる鎌倉幕府勢と新田義貞率いる反幕府勢との間で行われた合戦が久米川の戦いで、新田軍の勝利に終わりました..
-
誓詞ヶ橋倒幕の兵を挙げ、新田庄から南下してきた新田義貞と迎撃に来た桜田貞国 率いる鎌倉幕府軍が、元弘3年5月11日に戦ったのが小手指原の戦い。 誓詞ヶ橋はその時、義貞が自分の将校たちに忠誠を誓わせた..
-
白旗塚元弘3年(1333年)の新田義貞の鎌倉攻めでは、小手指原が最初に鎌倉幕府軍と激戦を交えた処といわれていますが、そのとき、新田義貞が源氏の白旗を掲げたところとが、この白旗塚と伝わっています。
-
小手指原古戦場元弘3年(1333年)5月8日、新田義貞が新田庄で倒幕を目指して挙兵。新田軍が鎌倉街道を南下し、同年の5月11日、幕府軍とはじめて激突したのが小手指原で、鎌倉幕府が倒れるさきがけの合戦となりました。
-
川越氷川神社埼玉県川越市に鎮座し、太田道灌以来、川越の総鎮守とされ、川越藩主ら歴代領主の篤い崇敬を受けた神社。古くから夫婦円満・縁結びの神社として信仰されていて、毎年夏には、境内に飾られた2000個以上の江戸風鈴..
-
柿本人麻呂神社歌道・学問に優れた柿本人麻呂がご祭神とする全国でも珍しい神社で、川越氷川神社の境内に鎮座しています。柿本人麻呂の直系のご子孫である綾部氏が戦国時代に川越に移住してきたことからお祀りされるようになり、歌..