記事「埼玉」 の 検索結果 9580 件
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菅谷館跡菅谷館は武蔵国男衾郡にあった菅谷城とも呼ばれる城で、鎌倉幕府の有力御家人として知られる畠山重忠の館でした。菅谷館跡は国の史跡に指定されていますが、現在、館跡には埼玉県立嵐山史跡の博物館が設けられていま..
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畠山重忠像畠山重忠は鎌倉幕府の有力御家人で幕府創業の功臣として重きをなし、武勇の誉れも高く、その清廉潔白な人柄で「坂東武士の鑑」と称されました。しかし、源頼朝の没後に北条時政の謀略により討たれてしまいました。
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久米川古戦場元弘3年(1333年)5月12日に、武蔵国久米川(現在の東京都東村山市諏訪町)において、桜田貞国率いる鎌倉幕府勢と新田義貞率いる反幕府勢との間で行われた合戦が久米川の戦いで、新田軍の勝利に終わりました..
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誓詞ヶ橋倒幕の兵を挙げ、新田庄から南下してきた新田義貞と迎撃に来た桜田貞国 率いる鎌倉幕府軍が、元弘3年5月11日に戦ったのが小手指原の戦い。 誓詞ヶ橋はその時、義貞が自分の将校たちに忠誠を誓わせた..
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白旗塚元弘3年(1333年)の新田義貞の鎌倉攻めでは、小手指原が最初に鎌倉幕府軍と激戦を交えた処といわれていますが、そのとき、新田義貞が源氏の白旗を掲げたところとが、この白旗塚と伝わっています。
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小手指原古戦場元弘3年(1333年)5月8日、新田義貞が新田庄で倒幕を目指して挙兵。新田軍が鎌倉街道を南下し、同年の5月11日、幕府軍とはじめて激突したのが小手指原で、鎌倉幕府が倒れるさきがけの合戦となりました。
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川越氷川神社埼玉県川越市に鎮座し、太田道灌以来、川越の総鎮守とされ、川越藩主ら歴代領主の篤い崇敬を受けた神社。古くから夫婦円満・縁結びの神社として信仰されていて、毎年夏には、境内に飾られた2000個以上の江戸風鈴..
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柿本人麻呂神社歌道・学問に優れた柿本人麻呂がご祭神とする全国でも珍しい神社で、川越氷川神社の境内に鎮座しています。柿本人麻呂の直系のご子孫である綾部氏が戦国時代に川越に移住してきたことからお祀りされるようになり、歌..
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喜多院良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀る埼玉県川越市にある天台宗のお寺。慶長4年(1599年)、徳川家の尊崇が厚かった天海僧正が第27世住職として入寺し寺号を喜多院と改めましたが、川越大師の別名でも知られ..
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薬師神社埼玉県川越市の「時の鐘」の塔をくぐった処に鎮座する神社。御本尊は薬師如来の立像で、五穀豊穣・家運隆昌・特に病気平癒の御利益があり眼病には著しい効果があるとのことです。
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蔵造りの町並み埼玉県川越市の中心部には「蔵造りの町並み」が今も残されています。蔵造りは類焼を防ぐために江戸の町家形式として発達した巧妙な耐火建築で、今の東京では見ることのできない江戸の面影を川越にとどめています。
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時の鐘川越の蔵造りの街並みを代表する市のシンボルとなっている鐘楼(時計台)。古くは鐘撞き守が決まった時間に時を知らせていましたが、現在では機械式で1日に4回、川越城下に時を知らせているそうです。