記事「埼玉」 の 検索結果 9571 件
-
中山道関元屋のお助け井戸(旧浦和市)震災の避難民の喉を潤した水今回の訪問は旧浦和市内の中山道沿い。関元屋さんの井戸の話です。 <関元屋商店>せきもとやしょうてん 関元屋はお米屋さんです。かつて中山道の宿場町として栄えた浦和には、街道沿いに多くの老舗が軒を..
-
醫王寺の梵鐘(旧浦和市)戦時の回収をまぬがれた西堀村の鐘今回は旧浦和市において、戦時供出をまぬがれた梵鐘の話です。 <醫王寺の鐘>いおうじ こちらです。戦争中は金属資源の不足を補うため、国主導で寺の鐘や大仏像などが回収になったといいますが、旧浦和市..
-
大岡忠光ゆかりの地 (龍門寺)9代将軍とともに生きた生涯<龍門寺> 岩槻の龍門寺です。3百石の旗本の家に生まれ、2万石の岩槻藩主となった大岡忠光のお墓があります。忠光は9代将軍徳川家重の難のある言葉を唯一理解できた側近で、信頼も厚かったとのこと。あの..
-
暗渠と城跡22 岩槻城の天然堀のなごり(元荒川の旧流路)今回は岩槻城の天然堀だった元荒川の話です。 この日は岩槻の総構え(大構え)の更に外側を探索しました。画像は元荒川のかつての流路に位置する暗渠。水の姿はありませんが、この付近には川のなごりが漂..
-
岩槻大構のなごり 愛宕神社の土塁今回は神が祀られているが故に残された城のなごりの話です。 <岩槻愛宕神社>いわつきあたごじんじゃ 岩槻愛宕神社です。太田道灌(または父・道真) が城の外濠と土塁を造った際に小さな祠を見つけ、土..
-
岩槻城主太田氏資 反北条の父と北条の嫁今回は、岩槻城主の長男として生まれ、自らも城主となりながら若くして亡くなった戦国武将の話です <太田氏資像>うじすけ [撮影:芳林寺] 岩槻城主だった太田氏資の像です。あの有名な太田道灌..
-
川のなごりに降るなごり雪3月29日に雪?さいたま市としては珍しい天気となった日曜日、花見も兼ねて、以前から気にしている川跡を訪ねました。 ただの道のようですが、これは暗渠(あんきょ)です。地下に埋設された川や水路と..
-
遠ざかる川の記憶 地図から消えた水のなごり完成間際の浦和の舗道にて もう魚が泳いでいた事なんて忘れ去られるのでしょうね この道はいわゆる暗渠。『あんきょ』と読みます。地下に埋設された川や水路のことですね。6年前(2014年)、たま..
-
樹齢千年の道しるべ 与野の大カヤ今回は旧与野市の巨木の話です。 <与野の大カヤ>よののおおかや 国の天然記念物に指定されいます。住宅地のこじんまりとした敷地内であることから、全体を撮影するのも一苦労です。 <説明板..
-
元府趾 浦和の本太氷川神社にて今回は地元浦和を散策中に出会った神社の話です。 <鳥居> 浦和区本太(もとぶと)の氷川神社です。規模は大きくないものの、住宅地にありながら緑に囲まれた素敵な神社です。 <水舎> ..
-
浦和暗渠散歩 天王川を下る秋晴れの穏やかな日曜日 浦和の天王川のなごりを感じに行きました。 <天王川>てんのうがわ まぁ道ですが、いわゆる『暗渠』です。天王川の暗渠です。地下に埋設されているものの、今でも周辺の水..
-
火の玉不動 大宮宿の水路と刑場のなごりかつての大宮宿南方にあったとされる刑場跡を訪ねました。 <火の玉不動> さいたま新都心駅近くの『火の玉不動』です。左の道路は中山道です。 江戸の刑場跡を訪問する際はかなり躊躇しました..