記事「大学」 の 検索結果 19217 件
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M大学の研究費M大学では、研究費で地図を買えない。学会の懇親会費も認められない。 地図もなく、研究者どうし懇親もせず、ロボットのような研究をすればよいということのようだ。こういうことを誰が決めているのだろうか..
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筋肉痛が出て欠席5月31日(土)朝、左足に痛み。前夜は右腰に痛み。治療にタクシーで出かける。骨や関節に異常はなく、筋肉痛とのこと。歩かない方がいいので、帰りもタクシーで帰宅。 夕方出席予定の会をキャンセル。東京..
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「かんぜびと」第2号と初舞台「かんぜびと」第2号表紙 初代編集長中村安秀さんの手書き。 私は色紙の畳紙では、鳩居堂の観世水を好む。その淵源はこの表紙だろうか? 自分がいつ初舞台を経験したかは、記憶にない..
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「かんぜびと」第9号「かんぜびと」第9号 1974年12月10日発行 編集発行人 乾 昌幸 発行所 東大観世会 東京都目黒区駒場3丁目8番1号 東大教養学部学館313 文字も絵も、二代目編集長の..
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1974年夏、東大観世会合宿と「かんぜびと」第3号ちょうど30年前の1974年8月下旬、信州の池の平寮で、東大観世会の合宿。謡や仕舞を、とくに4年生の先輩たちからみっちり仕込まれた。 「かんぜびと」第3号(東大観世会発行、197..
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「かんぜびと」第8号東大観世会の機関誌「かんぜびと」の編集に私がたずさわったのは、第8号から。その表紙は、1年生のときの私が手書きで書いた。 謡の練習熱心なあまり、のどを傷める部員が多かった。素人編集のため..
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「かんぜびと」号外東大観世会の「かんぜびと」は第2号を、中村安秀さんが1974年6月16日に発行してすぐに、号外を6月22日未明に発行する。 そこに、私が東大観世会の部員だった証拠がある。東京で初めて住んだ下宿も..
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東大観世会「かんぜびと」創刊号わが家の屋根裏に保存してあった「かんぜびと」創刊号。いまやなつかしい青焼きコピー。 1974年5月18日発行。編集は、当時東大医学部4年生の中村安秀さん。大阪市出身。現在、阪大教..
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月刊「観世」から原稿依頼檜書店から、月刊「観世」8月号の巻頭随筆の原稿依頼があった。書くかどうか決めかねていたが、書くことに。 1974年4月、東大教養学部に入学して間もなく、東大観世会にまず入り、東大学生俳句..
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人間の表裏5月13日(火)、さまざまな人間の表裏を知る。 M大学の研究費を扱う事務は、あらさがしが、最優先課題。これでは、日本の学問は衰退してゆくだろう。 二人の文化勲章受章者の裏を知る。この程度の..
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俳句愛好家間のデマ4月29日に聴いた俳句愛好家間のデマ と、その真相。 1 高柳重信が攝津幸彦を「天才」だと言った。 ただ、ある一句を澤好摩に向かってほめただけ。 2 筑紫磐井は東大卒。 ..
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第9回世界俳句協会日本総会準備4月29日(火、祝)開催の第9回世界俳句協会日本総会 https://banyaarchives.seesaa.net/article/201404article_8.html の準備を進..