記事「大阪」 の 検索結果 56090 件
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第二寝屋川大阪府を流れる淀川水系の一級河川で、八尾市の恩智川治水緑地付近で 恩智川から直角に分かれ、八尾市と東大阪市との市境を成しながら西流。 その後、大阪市内を流れ、大阪城外堀の北側で寝屋川に合流していま..
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山口重信墓山口 重信は、幕府の許可を受けていない婚姻をしたために、蟄居の身 でしたが、大坂夏の陣では武功を立てようと、井伊直孝の軍に属して参戦。 奮戦しましたが、木村重成に討ち取られて26歳の若さで戦死しま..
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木村重成墓木村重成は、幼少から秀頼の小姓として仕え、秀頼の信頼が厚かった武将。 大坂夏の陣が勃発すると豊臣軍の主力として八尾・若江方面に出陣し、 藤堂軍の右翼を破りはしたものの、井伊軍との激戦の末に戦死しま..
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常光寺大阪府八尾市本町にある臨済宗南禅寺派の寺院で、通称は八尾地蔵尊。 大坂の役において、徳川方の武将・藤堂高虎は本堂の北にある住職の居間 (方丈)の縁側に敵方の首級を並べて「首実検」をしたと伝わってい..
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河内音頭発祥の地室町時代、八尾の常光寺の伽藍再興の際に、造営材木を川を流して運ぶ 運搬者の掛け声が「木遣り音頭」となり、念仏踊りと一体となったそうです。 昭和初期、音頭取り有志がそれを「流し節正調河内音頭」と表示..
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河内街道大阪府の枚方市から八尾市をつなぐ街道で、江戸時代には枚方道と呼ばれ ていたようですが、明治になって、河内街道と記されるようになったそうです。 八尾ファミリーロード北に「河内街道」の碑があります。
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八尾神社大阪府八尾市に鎮座する神社で、主祭神は宇麻志麻治命。 近世には「牛頭天王社」と称していましたが、明治維新後に『延喜式』に従って 「栗栖神社」に改称、明治41年(1908年)に更に現社名に改称したそ..
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小松山古戦場小松山は、大坂夏の陣の際に行われた道明寺合戦の激戦地。 慶長20年(1615年)5月6日未明、豊臣軍の後藤又兵衛は小松山を占拠。 徳川軍はこれを包囲し、約8時間の激闘の末、後藤又兵衛は戦死しました..
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東西両軍戦死者供養塔(玉手山)大阪府柏原市の玉手山公園内にある、道明寺の戦いの戦死者の供養塔。 かつて玉手山付近と石川の対岸にある道明寺付近にかけては、 大坂夏の陣の激戦地で、両軍合わせて約5万の軍勢が激闘をしました。
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玉手山古墳大阪府柏原市の、大和川と石川との合流点の東南に、南北にのびる 玉手山の洪積丘陵上に古墳が点在し、玉手山古墳群と呼ばれています。 古式古墳群、横穴墓、後期古墳、の3種類から構成されているとのことです..
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後藤又兵衛の碑後藤又兵衛は、大坂の陣において「大坂城五人衆」の一人に数えられた武将。 道明寺の戦いにおいて、小松山に布陣して孤軍奮戦しましたが、腰を撃たれ 歩行不能となり、部下の吉村武右衛門に命じて介錯されたと..
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薄田隼人正兼相墓薄田兼相は、豊臣秀吉・秀頼に仕えた戦国時代の武将で、 仇討ちや狒々退治の伝説で知られる武芸者岩見重太郎と同一視される人物。 大坂夏の陣の道明寺の戦いにおいて、討死を遂げたといわれています。