記事「宝塚」 の 検索結果 5562 件
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【西条昇のレヴュー史コレクション】昭和12年の宝塚少女歌劇 星組公演のプログラムと観覧券手元にある、昭和12年3月の東京宝塚劇場での宝塚少女歌劇 星組公演のプログラムと観覧券。 この当時の東京での宝塚のプログラムと観覧券のイラスト・デザインには、独自の可愛さと華やかさが感じられる世界観..
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【西条昇のレヴュー史コレクション】宝塚とOSKが掲載された1948年度 歌劇スタア名鑑手元にある、両面刷りの1948年度最新版 歌劇スタア名鑑。 宝塚歌劇と大阪松竹少女歌劇のスター達の写真とプロフィールが掲載されている。 宝塚花組の越路吹雪、雪組の乙羽信子、月組の淡島千景、花組の新..
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【西条昇のさよなら日劇コレクション】丸尾長顕のスクラップブック手元にある、長く日劇ミュージックホールの運営委員や顧問を務めた丸尾長顕の昭和38年のスクラップブック。 丸尾長顕自身が作ったもので、背表紙には丸尾の字で長顕関係と書かれている。
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和8年の宝塚少女歌劇団月組「花詩集」のマッチラベル手元にある、昭和8年8月の宝塚大劇場での宝塚少女歌劇団月組による大レヴュー「花詩集」のマッチラベル。 「花詩集」は「パリゼット」と並ぶ白井鐵造の代表作で、宝塚レヴューの路線を決定づけた作品と言える..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和8年の宝塚少女歌劇団「巴里ニユーヨーク」のマッチラベル手元にある、昭和8年2月の宝塚大劇場での宝塚少女歌劇団月組による大レヴュー「巴里ニユーヨーク」(作・演出 白井鐵造)のマッチラベル。 好評に付続演とあるように同作品は同年1月には花組によって上演され..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和8年の宝塚少女歌劇団「世界一周」のマッチラベル手元にある、昭和8年(1933)4月の宝塚大劇場での宝塚少女歌劇団花組による歌劇二十周年記念 大レヴュー「世界一周」のマッチラベル。イラストが可愛いね。 歌とダンスと寸劇で繋ぐ世界めぐりは、もともと..
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【西条昇のコント史研究】昭和9年の宝塚歌劇「ヂャブヂャブ・コント」マッチラベルとコントの歴史手元にある、昭和9年8月の宝塚大劇場での宝塚少女歌劇雪組のノンストップ・レヴュウ「ヂャブヂャブ・コント」のマッチラベルを見て、日本の舞台芸能で最初に「コント」という言葉を使ったのは喜劇・演芸のジャンル..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】昭和2年の宝塚歌劇「モン・パリ」の楽譜手元にある、昭和2年(1927)9月に宝塚少女歌劇団・花組によって初演された岸田辰彌・作のレヴュー「モン・パリ ~吾が巴里よ!~」の楽譜。 日本のレヴューは、ここから始まった! 岸田劉生の弟で帝..
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【西条昇のレヴュー・コレクション】〝ニセ宝塚〟宝塚舞踊歌劇団の公演チラシ手元にある、昭和初期のニセ宝塚歌劇団のチラシ。 「涼艶萃麗秋の大レヴュー!!」とのキャッチ・コピーに、「宝塚舞踊歌劇団」との劇団名。 はじめは普通に当時の宝塚少女歌劇のものかと思ったが、よく見てみ..
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【西条昇のレヴュー史研究】1920年代のカジノ・ド・パリのポスター1920年代のカジノ・ド・パリのポスター。 パリらしい豪華な美しさ。 この当時のカジノ・ド・パリやフォリー・ベルジュールの舞台を観た岸田辰彌や白井鐵造が宝塚流レヴューを確立し、二つの名前を組み合わ..
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【西条昇のストリップ史研究】〈黒いヴィーナス〉ジョセフィン・ベイカーアメリカのミズーリ州セントルイス出身の〈黒いヴィーナス〉ジョセフィン・ベイカーは16歳でデビュー後、アメリカのボードビル一座や黒人のレヴュー・グループを経て1925年10月にパリのシャンゼリゼ劇場に出..
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【西条昇の少女歌劇コレクション】昭和5年の白鳥座パンフレットいろいろな少女歌劇団シリーズ。元祖ローカル・アイドル。 昭和5年1月の白鳥座パンフレット「白鳥」第四号。 大阪を中心に活動し、同じ吉本の傘下にあった東京少女歌劇団とは姉妹劇団のような関係にあったよ..