記事「山形」 の 検索結果 6528 件
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新年度新年度が始まった。県庁に就職して以来、31回目の新年度である。ここ数年は、毎年のように課の異動があったが、久しぶりに異動がない新年度を迎えた。異動はなかったが、課の場所が本庁舎の2階から3階に変わ..
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土門拳記念館日曜日、酒田市にある土門拳記念館に行ってきた。土門拳は酒田市出身の写真家で、古寺巡礼をライフワークとするなど、仏像や古寺の写真がつとに有名である。その土門拳の写真を専門に展示するこの記念館は、個人..
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山形・仙台旅行 1日目 その2山形駅に到着です。 山形牛。 1.山形県内において、最も長く肥育・育成された未経産および去勢の黒毛和種。 2.公益社団法人日本食肉格付協会が定める肉質4等級以上のもの。 ..
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山形・宮城旅行 1日目 その1山形と宮城に行ってきました。 東京駅をスタートします。 東北新幹線はやぶささん宜しくお願いします 他にも新幹線が頻繁に出入りして興奮しまくりです。とくに撮..
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最上義光公御霊屋最上義光は最上氏第11代当主で、伊達政宗の伯父にあたる戦国期の武将。 関ヶ原の戦いでは東軍につき、最上家を57万石の大大名に成長させました。 最上義光と家臣等10名の位牌が、立石寺(山寺)に安置されて..
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仙洞院墓仙洞院は名は綾と伝わる上杉謙信の姉で上杉景勝の母。次男の景勝が実子のなかった謙信の養子となって上杉家の跡を継ぎ、晩年は上杉氏の移封とともに会津や米沢へと移っていきました。お墓は林泉寺にあります。
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甲州婦人菊姫墓菊姫は武田信玄の五女で上杉景勝の正室であった女性。武田勝頼と上杉景勝が同盟を結んだときに同盟の証として上杉景勝に嫁ぎ、上杉家中からも才色兼備の賢夫人として敬愛されていたと伝わっています。
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直江兼続墓山形県米沢市の林泉寺境内にある上杉家家老、直江兼続の墓。兼続の墓石と並んで妻の墓石がたち、夫と妻の墓石が共に同じ大きさというのは珍しいそうで、直江夫婦は仲睦まじかったとの伝承もあるそうです。
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武田信清の墓武田信清は武田信玄の七男で、子供の頃法善寺に入り玄竜と号しました。後に兄・勝頼の命令で還俗しましたが、武田氏滅亡後、越後国の上杉景勝の正室であった異母姉・菊姫を頼って上杉氏に寄寓し、武田姓に復帰しまし..
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上杉鷹山像(松岬神社)上杉鷹山は江戸時代中期の出羽国米沢藩の第9代藩主で、江戸時代屈指の名君として知られる人物です。初めは上杉謙信とともに上杉神社に祀られていましたが、明治35年(1902年)に摂社松岬神社に遷されました。..
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上杉謙信祠堂跡(上杉神社)天正6年(1578年)3月13日、越後春日山城で死去した上杉謙信公は、当初は春日山城内に埋葬され、長尾上杉家の転封に伴って若松城、ついで米沢城内に改葬されたと伝わっています。
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上杉鷹山像(上杉神社)上杉鷹山は江戸時代中期の大名で出羽国米沢藩の第9代藩主。領地返上寸前の米沢藩再生のきっかけを作り、江戸時代屈指の名君として知られています。当初は上杉謙信とともに上杉神社に祀られていました。