記事「思い出」 の 検索結果 9249 件
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心のふるさと河内の若江岩田 その五 一人旅の出発点 若江岩田駅今思うと、ぼくは小学低学年(1、2年生)で、一人で電車に乗って、布施や上本町に行ってたなあ。布施と今里の中間に母の養父母が住んでいて、実の孫同然にかわいがってもらった。近鉄奈良線の終点(いまは途中駅)..
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心のふるさと河内の若江岩田 その四 森岡綾子先生小学校時代の心のふるさと探訪を終え、若江岩田駅に戻る時、ふと思い出した。中央小学校に入学して最初の担任、森岡綾子先生のこと。つるや電気商会から若江岩田駅に向かって歩き、中間ぐらいの所で左折すると、森岡..
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心のふるさと河内の若江岩田 その三 岩田の墓市現在の東大阪市岩田5丁目に江戸時代、いやもっと古くからの大きな墓地がある。ぼくが幼年期を過ごした1950年代、河内市岩田だったころ、この墓の開祖、行基上人の命日に因み、毎年8月11日に、墓地に接続する..
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心のふるさと河内の若江岩田 その二 竹内そろばん教室竹内そろばん教室。8月10日のお昼前、その看板を見た時、1957年ごろのふたつの嫌なことを思い出した。 なぜ1957年ごろというのか。それはラジオドラマ「赤胴鈴之助」を聴いていたころ、河内市(現在..
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心のふるさと河内の若江岩田 その一 玉川小学校8月10日、谷町9丁目のホテルから家人の母のいる上汐の公団アパートにより近鉄上本町から奈良線で7駅の若江岩田で下車。岩田商店街を歩いた。東大阪市岩田は4、5歳で物心がついた頃から小学5年の1学期まで過..
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故川崎隆生氏夫人にお悔やみ状送る先月急逝された元西日本新聞社長、川崎隆生さん(享年70)の真由美夫人にきのうお悔やみ状を差し上げた。ほんとはもっと早くと思っていたが、住所を書いた郵便物がなかなか見つからなかった。 毎..
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春日八郎「お富さん」のころ例により、午前3時ごろ目覚めた。コーヒーを沸かして飲んで勉強机に就いた。ラジオをつけると深夜便、渡久地政信という作曲家を特集している。上海帰りのリルについで「お富さん」が流れた。どちらも幼少のみぎり、..
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和綴じとバック便断捨離と呼べるほどまだ徹底はしていないが、わが個人史の古文書(こもんじょ)というべきものの整理を始めている。ぼくのいた新聞社で今もあるかどうかわからぬが、少なくともぼくがデスクをしていた1990年代ま..
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初めて「長」の辞令をもらったころ新型コロナウイルスで、ふだんよりちょっと在宅が増えた。暇に任せて、断捨離というほどではないが、不要な書類の整理をするときもある。こんなものが出てきた。1990年3月、いまからちょうど30年前にもらった..
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カミユ著「ペスト」の記憶昨夜、布団の中でNHKラジオの新番組「高橋源一郎の飛ぶ教室」を聴いていた。。高橋がアルベール・カミユの小説「ペスト」を話題にしていた。ぼくは思い出す。1971年神戸。神戸新聞の採用二次試験で部長級..
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春に目覚める前、きれいなおねえさんと混浴明けておとといの火曜、札幌中央図書館にいくと、1階併設の展示コーナーで「銭湯展」。そこに昭和24(1949)年、銭湯に掲げられた実物の表示板が出品されていた。 ▲いま札幌中央図書館のギャラリーに..
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中国語学習22年、蝸牛の歩みぼくの趣味の一つに外国語齧(かじ)りがある。その一つ中国語は齧り始めて22年経つがいまだに歯が立たない。のんびり断続的な勉強だから4声が頭に入らない。口に出して音楽的に覚えるしかない。2016年3月中..