記事「思い出」 の 検索結果 9249 件
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一生もののおつき合い21日、東京への旅行最後の夜の事を書きます。6日間の旅のハイライトでした。出光興産の3人のOBとの会食。日本橋のタイ国料理店で酒を酌み交わし、ご馳走に舌鼓をうちながら、昔話や近況などを語り合いました..
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公式戦で本盗していた昨日、東京・市谷のホテルで大阪池田高校の関東支部同窓会が開かれ、出席しました。ゲストでこられていた小川修一先生から貴重な品を見せられました。昭和41(1966)年4月29日のスコアブック。高校野球春..
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1升餅の思い出きょうは同じマンション隣の30代夫婦の間に生まれた一粒だね要(かなめ)ちゃんの1歳の誕生日。朝、ささやかなプレゼント(絵本)を差し上げたら、夕刻、「一升餅」と赤飯のおすそ分けを持ってきてくだすった。 ..
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魚の目が消えた日私の妹の一人息子、つまり甥がfFacebookに、魚の目に悩まされているJ話を書いているのを読んで、「あれ、遺伝かなあ」と昔のことを思い出しました。 わたしも若いころ、魚の目に苦しめられてい..
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4年前の日の出下の日の出の写真は、2011年3月11日午前6時9分58秒、福島県二本松市安達太良山麓から喜多が撮影したものです。JICAトレーニングセンター研修終了日。モンゴル出発を2週間後に控え、62歳の老人も..
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黒田君にわるいことをした昨日、一通の同窓会案内が届きました。 51年前、1964年卒業した大阪府豊中市の一中ラグビー部の同窓会です。そう、私、中学3年間野球部(準硬式)に所属していたのですが、3年生夏の府大会が終わった後、ほ..
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玉袋筋太郎君で思い出すこと。お笑い芸人で」「玉袋筋太郎」という名の人がいることを初めて知った。Yahoo!のポータルサイトで見た。NHKの番組クレジットに初めてその名前で掲載された、という他愛ないニュースだった。それまでは「玉..
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記者1年生のちいさま特ダネいわゆる特ダネ記者ではなかったし、名文家でもなかった。平凡な記者だったと、自己総括した。その中で、あれはいなか町のいい話題を掘り起こした記者生活最初のちいさな特ダネだったなあ、と思い出す記事がある。..
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25年前の帽子とマフラーいまも昨日、なにげなく、ソウル駐在時代(1987~92)の日誌をめくっていたら、当時の写真が挟んであった。真冬、北緯38度線上に設けられた南北朝鮮軍事境界線の非武装地帯付近に取材に行った時のもの。写真の自..
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47年前の友人からの到来ものおなじ年に大学に入り1年だけ一緒にクラブ活動をし、同じ寮で寝泊りをした友人から、きのう、珍味が届きました。博多の明太子ととんこつラーメン。 インターネットで居所を奇跡的に探し当てたことを喜んでくれた..
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47年ぶりの電話きょう、大学時代の友と47年ぶりに電話で話をしました。同じ年に入学し、ラグビーを1年間だけだったけど一緒にやった仲。珍しい名前だから、インターネットgoogleの検索エンジンに入力したら、一人だけ該..
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人間は3度死ぬきょう11月26日の毎日新聞の人生相談で、わかぎゑふさんという劇作家が回答していた。曰く、「私は人間は3度死ぬと思っています。1度目は肉体の死。次に彼、あるいは彼女が生きていたことを記憶し、思いを寄..