記事「日経新聞」 の 検索結果 2587 件
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『黒書院の六兵衛』(322&323)そんな折も折、近侍たる女官たちからふしぎな話を聞いた。 ことごとく恭順せる徳川の家来どもの中に、ただひとり服わぬ旗本があるという。しかも、あろうことかその不届者は、表御殿の黒書院に座り続けて..
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『黒書院の六兵衛』(321)願望を口に出してはならぬ。 それが亡き先帝より授けられた、厳なる誡めであった。 至尊たる帝の欲するところは、どれほど無理難題であれ実現されねばならぬからである。 同様の理屈から、物事..
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『黒書院の六兵衛』(320)伝馬町の牢屋敷に繋がれている間、源一郎は悔しゅうてならなかった。 フランスやイギリスの政府批判は、較べようもないほど苛烈だった。しかしその記事の種は、政府の要人が新聞記者の質問に堂々と答えた..
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『黒書院の六兵衛』(317&318)木戸孝允といえば、知る人ぞ知る勤皇の志士、桂小五郎。よくぞ生きて今を迎えたというほど、徹頭徹尾の倒幕論者である。 「なるほど、大した貫禄だ。どうしても物を言わぬというなら、それでもかまわぬ。ま..
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『黒書院の六兵衛』(315&316)「のう、六兵衛。聞く耳はあろうゆえ、いちおう伝えておくがの。先日、大総督宮様はその御徴たる節刀と錦旗とを天朝様に奉還なされたぞ。どういうことかわかるか。戦は終わったのだ」 加倉井隼人は者..
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『黒書院の六兵衛』(314)明治元年十月十三日、総勢三千三百余にのぼる鹵簿が東京に到着した。 大名行列ならばけっして向き合うてはならぬ。人々は雨戸を閉てて覗き見るか、その間がなければ路傍に平伏してやり過ごさねばならぬ。..
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『黒書院の六兵衛』(312&313)かそけき行灯の向こうで、六兵衛は威儀を正し深々と頭を垂れて言うた。「ちちははとなってくだされよ」と。 まこと真摯であった。たった一言であったが、言わんとする心は通じた。真心に言葉は要らぬ。 ..
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『黒書院の六兵衛』(310&311)その侍に初めて会うたのは、おととしの冬のかかりでござった。 話はややこしくなるが、ここから先はその侍を六兵衛と呼ばせていただく。 むろん、さような埒もない話を、それがしが肯じたわけではな..
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『黒書院の六兵衛』(309)的矢家の借金証文が高利貸に回ってしもうたのです。隠居の身ゆえ詳しいいきさつは存じませぬが、六兵衛の嫁の実家から回った証文が金貸しの手に渡ったという話でござった。 そこで嫁を問い質してみますと..
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『黒書院の六兵衛』(308)それがしは、ゆめゆめ親を恨まぬ。そうじゃな、はる。 「はい、けっして。御父上様も御母上様も、的矢の御家専一にお考えになっていたのですから」 さよう。もし父上が見つけ出して下さらなかったら、..
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『黒書院の六兵衛』(306&307)先ぶれもなく参上つかまつった無礼はお寛しめされよ。 さだめし驚かれたとは思うが、場合が場合ゆえ手順を踏むわけにも参らず。さりとて加倉井殿のご難渋を察すれば知らぬ顔もできずに、お留守とは知りつ..
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『黒書院の六兵衛』(304&305)市ヶ谷尾張屋敷の御庭は錦繍に彩られている。御行列の露払いは前大納言様が承っているという話で、さなればご到着ののちには紅葉の名高き尾張屋敷に聖上をご案内されるやもしれぬ。 そこで加倉井隼人とそ..