記事「日経新聞」 の 検索結果 2588 件
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『黒書院の六兵衛』(93&94)「東山道総督府参謀、乾退助である。御城内物見のお役目、ご苦労にござる」 「加倉井隼人にござりまする」 「何もそう鯱張らんでもいいぜよ。御殿様ではないきに。もそっと近う、近う」 錦旗を..
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『黒書院の六兵衛』(91&92)西の丸から尾張屋敷へと帰るみちみち、幾組もの官兵と出会ったのは意外であった。 二日前には後家人衆が護っていた四ッ谷御門も、様式軍装の官軍に入れ替わっているのである。 不戦開城という結論が..
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『黒書院の六兵衛』(89&90)一夜が明けた慶応四年三月十八日の早朝、市ヶ谷の尾張屋敷から伝令がやってきた。 癪なことには官軍の土佐兵ではなく、隼人もよく知る江戸詰の尾張衆である。 彼らの周囲を、あの意地の悪い小十人組..
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『黒書院の六兵衛』(87&88)「話はまあ、こんなところだ」 百人芸の八十吉、こと福地源一郎は帳面を懐に納めると、相も変わらず帳台構えの奥に座り続ける六兵衛に顔を向けた。 「御書院番士の株を買うたうえ、組頭に金を掴ま..
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『黒書院の六兵衛』(85&86)下城いたしますと屋敷内での祝宴もさておき、殿中における出来事を物知りの叔父に伝えました。 「そりゃあ、おまえ、わかり切った話だぞい。秋山様は金を掴まされたのだ。で、半分を御番頭様に回してだ..
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『黒書院の六兵衛』(83&84)むろんこちらは、こう、手をつかえ平伏したままでござりますよ。上司の顔色を窺おうにも、せいぜい膝頭までしか見えぬ。 御番頭様はお膝の上で両の拳を握ったり緩めたり、その下座の御組頭様は扇子の柄を..
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『黒書院の六兵衛』(81&82)菊の間は御中庭を挟んで松の御廊下の反対側にございまして、平生は大番頭様、御書院番と御小性番の両番頭様の詰席でございます。 一方の躑躅の間は格下で、こちらは御先手頭や御徒頭などの詰席です。 ..
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『黒書院の六兵衛』(79&80)叔父、でございますか。騒動などどこふく風で、相も変わらず寺子屋の先生をしております。 忌部の家は、当主たる拙者が脱走しお山に上り、討死にした際には叔父が家督を継ぐ、ということで話がまとまりま..
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『黒書院の六兵衛』(77&78)「まさか大っぴらに売った買ったとやるわけではないさ。書い手が養子として入るという立前だ。売買大代金は婿なり養子なりの持参金、ご先代が隠居と称してどこぞに消えてしまっても、さほど不自然ではない..
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『黒書院の六兵衛』(75&76)ああ、その朝のことはすでに尾関さんからお聞き及びでござるか。しからば二度は申しますまい。できれば口にしたくもない話でござりますゆえ。とまれ、尾関さんから事情を聞いて、胸糞が悪うなりましてな。まし..
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中小の倒産防止共済本日は、 「日経新聞:中小の倒産防止共済新規加入、15年ぶり高水準 昨年度」 からの話題です。 【日経新聞:2012/7/30より、ここから】 中小企業の連鎖倒産を防ぐための 「中小..
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『黒書院の六兵衛』(73&74)たしかに拙者は、御書院番八番付属の与力、姓名の儀は忌部新八郎と申します。生れ年は嘉永四年の亥、住所は山下稲荷町の御書院番大縄地内御屋敷にござりまする。算え十八の若輩にござりまするが、父祖父代々徳..