記事「昭和」 の 検索結果 4649 件
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甘話§飯田橋“ペコちゃん焼”祝40周年ペコちゃん焼 飯田橋駅から神楽坂を上がってすぐ右に不二家がある。そこで焼かれ ている今川焼きというか人形焼というか……。40年だそうである。 最初から飯田橋の店だけで焼かれて売られている..
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悼話§加藤和彦さん(フォークル)ザ・フォーク・クルセダーズの加藤和彦が死んだ。自殺だとは……。 今の時点では言葉が見つからないでいる。 《昭和のトピックス一覧》
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華話§台北悠遊[13]パラレルワールド[承前] 信義路周辺の近代的なビル群から、一気に龍山寺に行ってしまった。 気分は完全にタイムワープで、強烈な体験だったと言える。東京だっ たらどうなのかというならば、新宿西口の高層ビル群から..
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華話§台北悠遊[10]龍山寺界隈散策<上>[承前] というわけで表に出ると暑い。冷房でビルの中は涼しいというよりは 寒いという……年寄りにははなはだ不健康な環境の中を市政府站から MRTに乗る。乗り換え無しで目指すは台北最古の寺とい..
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洒話§オックスフォードのボタンダウンそういえばスーツを着る機会は少なくて、もっぱらブレザーだとか替 上着で済ませている。 ブレザーに合わせるシャツは当然というか、アメリカン・トラッドの ボタンダウンである。それも番手数が大きい..
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童話§鰻釣り~大通りを一人で渡る~オンボロ実家が建っていた町内は、中央に大通りが通っていて2つに 分かれていた。通りの東側と西側は小学校の学区も違っていたのだ。 大通りには頻繁にバスが走っていた。田舎道ではあったが、保育園あ ..
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硝話§ガラス~原っぱの草野球~それこそ三角ベースだろうが何だろうが、猫の額ほどの広場があれば バットがなければ棒切れ、それにゴムボール一個で“野球ごっこ”を していた。 20m四方もないようなところでボールを引っぱたいて..
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書話§『ハイスクール1968年』我々の2学年上である比較文学者の四方田犬彦が書いた『ハイスクー ル1968年』を読んだ。これまた同居人の推薦図書。 いささか乱暴な読後感としては“シリアス”な『どくとるマンボウ青 春記』とい..
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石話§田舎のビル屋上のビアガーデンで1960年代後半のこと。実家のあった田舎町には一軒の小さい“デパー ト”が営業していた。木床には油がしみ込んでいて、独特な匂いが漂 っていたという記憶がある。 そのデパートが撤退しつつ、大通..
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九話§戦争が終わって9年で・・・第二次世界大戦が終わって9年で我が身がこの世に生を享けた。生を 享けてから9年が経ち、その翌年には東京でオリンピックが開催され 東海道新幹線が東京と大阪の往復運行を始めた。 9年という時の長..
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熱話§お茶づけ海苔なり!N谷園の“お茶づけ海苔”が発売されたのは1952年のことである。 物心のついた時には食卓にあって、偏食気味の身にはありがたい存在 だった。いつまでのことかはわからないが、5袋入りとかを買う..
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珈話§そういえばアメリカンコーヒー?昔、アメリカンコーヒーなるものありけり 初めて“アメリカンコーヒー”を飲んだ時に、あまりの薄さに思わず 吐き出しそうになったという記憶がある。“本当”のアメリカンは、 専用の豆があるのだが、..