記事「昭和」 の 検索結果 4647 件
-
懐話§昭和三十年代~電気製品~[承前] 物心がつき始めたと思しき保育園に通い出したころの実家に、どれほどの電気製品が存在していたか、記憶をたどってみた。 で、八畳と四畳半の居室に電灯(後に蛍光灯)が一つずつ。真空管ラジ..
-
懐話§昭和三十年代~駄菓子屋~[承前] さて小学生時代、放課後のお楽しみは駄菓子屋に行くことだった。ランドセルを放り出し、家から路地を出れば目の前に駄菓子屋があったのだ。 その当時、どこの町内にも駄菓子屋の一軒はあって..
-
懐話§昭和四十年代~早弁のお年頃~[承前] 保育園から中学校までの11年間は給食のお世話になったが、高校に入ったら給食はなく、弁当持参の通学となった。月曜から金曜までの5日間は、あのアルマイト製弁当箱にご飯とおかずを詰めてもらっ..
-
闘話§テレビと相撲~柏鵬時代から~何度か書いていることだが、実家にテレビがやって来たのは1962年の5月頃だった。だからそれまで大相撲中継はラジオを聴くしかなかったのである。 だが、小学生レベルでは音声から得られる情報量などたか..
-
広話§街角の有線放送なるもの昔、有線放送なるものありけり……あの、喫茶店とか店舗などで流れてくる音楽ではなく、街頭に立つ電柱に据え付けられたスピーカーから、商店街の情報などが流れてくる、かつての風景である。 音楽を流しつつ..
-
懐話§昭和三十年代~映画館~[承前] 北関東は関東平野の外れの小都市に実家があった。町中の賑やかなあたりで一歩メインの表通りに出ると、それは南北にまっすぐの一本道の商店街が伸びていた。 裏通りはというと、小さな商店、..
-
懐話§昭和四十年代~懐メロと現役と~[承前] もはや“懐メロ”という言葉が存在していないのではないかと考えてしまうのは、半世紀も前の歌手&シンガーが現役でバリバリと歌っていることからわかる。 もちろん、終戦直後の『リンゴの唄..
-
謡話§『お富さん』のおかげで(笑1954年、春日八郎が歌った『お富さん』がミリオンセラーとなった。題材は歌舞伎の『与話情浮名横櫛』で、ご存じ“お富与三郎”である。 いつの間に覚えたものか、とんと記憶にはないのだが、歌詞..
-
懐話§昭和三十年代~マッチ・・・・・・消えた~[承前] 自分の身の周りからマッチ(燐寸)が姿を消して久しいようだ。 かつては家の中に常備されていて、さまざまな機会で重宝し、なくてはならない存在だったマッチだが、いつ頃からその影..
-
色話§初めてカラーテレビを見たのは日本で、カラーテレビの本放送が始まったのは1960年のことだが、我が家にモノクロテレビがやって来たのは1962年、カラーテレビなど先の先、夢のまた夢でしかなかった。 だが、そんな本放送が始まった..
-
破話§いい加減に水分摂取!中学で部活をしていた時だから、既に半世紀以上前のことである。夏休みも午前中は部活に出ていって、真夏日の日向でボールを追いかけまわしていたのだ。 下級生だった時、上級生から「部活中に水は飲むな」と..
-
顧話§今日の歴史~在任132日~1945年8月17日、鈴木貫太郎が内閣総理大臣を辞任。 結果的に敗戦処理内閣として存在し、終戦の2日後に辞任した鈴木貫太郎である。正確には8月15日に内閣総辞職したが、東久邇宮内閣の成立を待って..