記事「本」 の 検索結果 110312 件
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「東京暮色」は失敗作か~濫読日記「東京暮色」は失敗作か~濫読日記 「帝国の残影 兵士・小津安二郎の昭和史」(與那覇潤著) 小津安二郎監督の映画「東京暮色」を見た。多くの映画評は「失敗作」という、そうした言説に踊らされ、見過ごしていた..
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濫読日記~「歴史を現場でとらえる」ということ「歴史を現場でとらえる」ということ~濫読日記「機関銃下の首相官邸 二・二六事件から終戦まで」(迫水久常著) 迫水久常。軍靴の足音が大きくなった昭和11年の2.26事件のとき、岡田啓介首相秘書官。押入に..
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日本の「背骨」は矯正できるか~濫読日記日本の「背骨」は矯正できるか~濫読日記「日本を診る」(片山善博著) 地方分権が進まない。コンクリートによる公共事業の時代はとっくに終わったのに、相変わらず中央主導の政治が続く。その根幹は財源である。掛..
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「待つ」人たちの群像~濫読日記「待つ」人たちの群像~濫読日記「海炭市叙景」(佐藤泰志著) いま、地方都市には奇妙な喪失感がある。歴史がどこかで断絶しているようであり、新しい町が私たちの肉体にしっくりと向き合っているかといえばそうで..
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おんなたちの「沖縄密約」~濫読日記おんなたちの「沖縄密約」~濫読日記「ふたつの嘘」(諸永裕司著) 「大状況」と「小状況」という言い回しがある。歴史の歯車が回るような、状況の転換。一方で個人の日常の、ひそやかで濃やかないとなみ。大状況の..
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事実は小説よりも奇ならず~濫読日記事実は小説よりも奇ならず~濫読日記「古代ローマ人の24時間 よみがえる帝都ローマの民衆生活」(アルベルト・アンジェラ著) 著者はテレビキャスターとしての経験も持つ。そこでこうした企画が生まれたのかもし..
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魂の共和国を求めて~濫読日記魂の共和国を求めて~濫読日記「旅に溺れる」佐々木幹郎著 佐々木幹郎は放浪の人である。アジアを放浪し、日本の僻地を放浪する。なぜか。永遠を求めているためだ。永遠の、魂の共和国。瞳に映っているのは、そのよ..
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「古典」に収まりきらぬ生命力~濫読日記「古典」に収まりきらぬ生命力~濫読日記 「『七人の侍』と現代」四方田犬彦著 「羅生門」や「生きる」の脚本で知られる橋本忍が書いた「複眼の映像―私と黒澤明」(2006年)は抜群に面白い。当事者しか知り..
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ヒロシマの思想を根底から問い直す~濫読日記ヒロシマの思想を根底から問い直す~濫読日記「原爆の記憶 ヒロシマ/ナガサキの思想」奥田博子著 広島に住んでいて思うことがある。被爆者の高邁な理想は、実は世界に響いていないこと。被爆者は決して本当のこと..
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「事実」との距離感が気になる~濫読日記「事実」との距離感が気になる~濫読日記「『普天間』交渉秘録」守屋武昌著 防衛庁の事務次官を4年間務めた守屋武昌は2007年に退官した。その後、軍需専門商社から便宜供与を受けたとして逮捕された。その彼が..
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映画の「行間」を描く~濫読日記映画の「行間」を描く~濫読日記「僕はトウフ屋だからトウフしか作らない」小津安二郎著 タイトルは、いかにも「職人」小津らしい。しかし、このタイトルが曲者だ。確かに、トウフしか作らないトウフ屋である。しか..
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再び肉体を持った安保闘争のヒロイン~濫読日記再び肉体を持った安保闘争のヒロイン~濫読日記「樺美智子 聖少女伝説」江刺昭子 記憶は聖化するという。聖化した記憶は、記憶でなくなる。1960年6月15日、国会南通用門に突入し警官隊ともみ合う中で亡くな..