記事「横浜」 の 検索結果 25556 件
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北条実時像北条実時は鎌倉時代中期の北条氏の一門で、金沢流北条氏の実質初代。鎌倉幕府の引付衆、評定衆、寄合衆などを務めましたが、政務引退後は、六浦荘金沢に在住して蔵書を集め、金沢文庫を創設したことで有名です。
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称名寺横浜市金沢区金沢町にある真言律宗別格本山のお寺。金沢北条氏の祖である北条実時による開基で、正嘉2年(1258年)、北条実時が六浦荘金沢の居館内に建てた持仏堂(阿弥陀堂)がその起源とされています。
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安立寺横浜市金沢区の「船中問答御着岸の霊場」と云われている日蓮宗のお寺。下総より鎌倉へ向かった日蓮聖人が船中で、富木五郎常忍公と問答をし、金沢に着岸後、悟明法印と共に日蓮聖人に帰依、この寺を開いたそうです。..
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龍華寺横浜市金沢区にある真言宗御室派のお寺で、源頼朝が文覚上人と共に瀬戸神社の別当寺として六浦山中に建てた浄願寺が始まりとのこと。明応8年(1499年)、光徳寺と合併され当地に移築、龍華寺となりました。
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明治憲法草創の碑明治20年(1887年)に、料亭東屋で明治憲法の草案づくりが始まったことを記念して、昭和10年(1935年)に、東屋の庭に「憲法草創の碑」が建てられました。その後、東屋の廃業により、碑は40m程東の現..
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明治憲法起草の地ここは料亭「東屋」があった所で、明治20年(1887年)6月から、伊藤博文、伊東巳代治、金子堅太郎、井上毅がここに集まり、ドイツ人顧問ロエスレルの意見書、伊藤らのドイツでの講義筆記などを基に検討を開始..
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放下僧の遺跡横浜市金沢区瀬戸の瀬戸神社境内にある謡曲「放下僧」の遺跡。下野国の牧野小次郎がその兄とともに放下になりすまし、瀬戸三島神社境内の手水舎の東側で、見事に父の仇を討ったというのが「放下僧」の粗筋です。
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二宮金次郎像(小学校)二宮尊徳(通称金治郎、金次郎)の少年の頃の薪を運びながら本を読む像。14歳の時から、尊徳は朝は薪とり、夜は草鞋作りをして、一家4人の生計を立て、これが勤勉の手本とされ、各地の学校にも像が建てられました..
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海軍道路横浜市の環状4号線の一部で、戦時中は旧日本海軍補給廠が設置されていた瀬谷中学校前交差点~ 旧国道16号までの約3kmの直線道路。桜並木が有名で、春が近くなると雑誌等に掲載されることも多くあります。
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蚕御霊神塔横浜市泉区の神明社のすぐ傍にある蚕の慰霊をした石塔。塔の背面には慶応2年(1866年)3月に、霜害のため桑が枯れてしまい蚕を育てることができなくなり、蚕を地中に埋めてしまったことが記されているとのこと..
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北方小学校横浜市中区諏訪町にある明治6年2月10日創立の公立小学校。この土地にはキリンビールの工場がありましたが、キリンビールは関東大震災で倒壊して生麦に移転し、跡地に北方尋常小学校が建設されました。
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エドモンド・モレル墓エドモンド・モレルは、日本の鉄道導入を指導したイギリスの鉄道技術者。「日本の鉄道の恩人」と賛えられほど貢献しましたが、鉄道開業を目前にした明治4年旧暦9月23日、横浜において結核により、満30歳で没し..