記事「横浜」 の 検索結果 25556 件
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問屋場跡(程ヶ谷宿)問屋場とは、江戸と全国各地の間で送付される幕府の書状の継立や、大名 行列時などに周辺の村々から動員された人足・馬の差配を取り仕切る場所。 街道に面した宿場の中心に設置されている場合が多かったようで..
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助郷会所跡(程ヶ谷宿)助郷とは、江戸時代に、幕府が諸街道の宿場の保護、および、人足や馬 の補充を目的として、宿場周辺の村落に課した夫役のこと。初めは臨時の 人馬徴発でしたが、後に助郷制度として恒常化したそうです。
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香象院横浜市保土ヶ谷区、相鉄線天王町駅から南に約400m程の所、旧東海道 に面してある、高野山真言宗派のお寺。かつて保土ケ谷宿で最大の寺子屋 があり、明治6年(1873年)に保土ケ谷小学校の分校となった..
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帷子橋跡横浜の天王町駅前公園にある、旧東海道に架かっていた帷子橋の跡。 帷子橋は程ヶ谷宿の中にあり、「江戸より八里」の碑が建てられていて、 安藤広重の「東海道五十三次」の保土ヶ谷宿にも描かれている橋です。..
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橘樹神社横浜市保土ヶ谷区天王町にある、素戔嗚尊を祭神とする神社。文治2年 (1186年)に、京都祇園八坂神社を勧請して創建されたとのことで、かつ ては牛頭天王社と称し、天王町の地名の由来となったと云われて..
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江戸方見付跡(程ヶ谷宿)江戸方見附は、各宿場の江戸側の出入口に設置されていたもので、東海道分間延絵図によれば、芝生の追分から国道16号を越え天王町にいたる途中に保土ヶ谷宿の江戸方見附があったとのことです。
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洪福寺松原商店街横浜の相鉄線天王町駅から、北東に5分ほど歩いたところにある商店街。 横浜橋通商店街、六角橋商店街と共に、横浜の三大商店街の一つとして数 えられ、平日でも1日2万人の人出で、「ハマのアメ横」とも呼ば..
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芝生追分の庚申旧東海道と八王子街道の分岐点が芝生追分。その芝生追分からほんの少し 八王子街道に入った右側にあるのがこの庚申塔。庚申信仰は中国の道教か ら発し、わが国では平安時代にひろまり、江戸時代に最盛期となり..
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芝生追分横浜市保土ケ谷区宮田町の松原商店街から北に少しのところ、旧東海道 沿いにあるのが芝生追分。追分は一般に道の分岐点を意味しますが、この 芝生の追分は東海道と八王子道(絹の道)が分かれる場所です。
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浅間神社(横浜)横浜市西区浅間町に鎮座し、承暦4年(1080年)に源頼朝が浅間神社を勧 請して造営されたと伝えられる神社。祭神は木花咲耶姫命で相殿は天照大神 と武甕槌命。江戸時代は東海道の神奈川宿と程ヶ谷宿の間の..
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神奈川台関門跡横浜開港後、生麦事件をはじめとする何件かの外国人殺傷事件が発生。 幕府は警備のため、安政6年(1859年)に横浜周辺に番所や関門を設置 しました。神奈川宿の西側に設置されたのが、この神奈川台関門で..
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桜屋跡広重の「東海道53次」の神奈川・台之景にも描かれているのが、「さくらや」。 文久3年に、田中家の初代がその「さくらや」を買い取り「田中家」がスタート。 坂本龍馬の妻おりょうも、住み込みの仲居として..