記事「横浜」 の 検索結果 25683 件
-
日産ギャラリー横浜みなとみらい地区にある、日産自動車本社ビル1階の自動車展示場。ここでは、プレス向けの新車発表会や自動車雑誌の取材にも利用されているそうです。また、休刊日を除く毎日、無料特別試乗会も行われているとの..
-
汽車道明治44年(1911年)に鉄道路線、臨港線(通称税関線)が開通し、この 路線は、旧横浜駅(現桜木町駅)と新港埠頭を結んだものでした。その廃 線跡が、現在では「汽車道」という名称のプロムナードになっ..
-
旧税関事務所遺構大正3年(1914年)5月に建設された横浜港の税関事務所の遺構。3階建て レンガ造りのゴシック様式の建物でしたが、関東大震災により焼失。ガス暖房 や電気照明も完備していた建物でした。
-
横浜ボウリング発祥の碑港の見える丘公園の北西部分のフランス山の下に、碑がたてられています。 横浜のこの地にボウリング場が開かれたのは長崎に遅れること3年の元治 元年(1864年)のことだったそうです。
-
港の見える丘公園山下公園と並ぶ横浜を代表する公園。終戦直後流行歌「港の見える丘」 から命名されたとのことです。公園からは、手前に倉庫群、遥か向こうに 横浜ベイブリッジが見えます。
-
港 作曲碑唱歌「港」の作曲碑が、港の見える丘公園にあります。作曲が吉田信太、 作詞が旗野十一郎で、日本人が作曲した初めての三拍子の曲とのこと。 作曲者の吉田信太が中区に居住していた縁により碑が建てられました..
-
山手十番館横浜山手の洋館群の一角にある、イタリア・フランス料理のレストラン。 山手洋館群は、横浜市の所有によるものが多く、見学は無料ですが、 ここは民間所有の普通のレストランです。
-
山手資料館横浜山手にある横浜や山手に関する資料館。横浜開港期から関東大震災ま での期間の様々な資料が展示されています。建物は明治42年(1909年)に 建築され、横浜市内に残る唯一の和様併設型住宅です。
-
横浜山手聖公会横浜市中区にあるプロテスタント・日本聖公会の教会堂。大谷石を使用した ノルマン様式の聖堂は、昭和6年(1931年)の竣工。平成2年(1990年)に、 横浜市認定歴史的建造物に指定されています。
-
山手 電話ボックス横浜に始めて電話ボックスが登場したのは、明治33年(1902年)とのこと。 横浜山手にある電話ボックスは、平成2年(1990年)に日本の電話100年 を記念して、当時の電話ボックスを模してつくられ..
-
エリスマン邸横浜山手にある洋館群のひとつ。生糸貿易商社の横浜支配人フィリッツ・ エリスマン氏の邸宅だったもの。見学は無料で、館内は季節ごとの装飾で 飾られます。
-
山手80番館遺跡横浜に現存する唯一の関東大震災前の外国人住宅の遺構で、震災当時は、 マクガワン夫妻の住居だったとのこと。この地は、かつての外国人居留地の 中心地で、現在もその面影が感じられるところです。