記事「歌謡曲」 の 検索結果 8114 件
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赤いハンカチ石原裕次郎が亡くなってもう30数年もたつのですが、ついこの間活躍していたような気がするのはわたしたちの世代だけでしょうか。石原裕次郎が映画で活躍した時代、わたしの家は貧しくとても映画を見に行くことはで..
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四季の歌これだけポピュラーな歌なのに今までとりあげてこなかったのが不思議ですが、芹洋子の別な曲を聞いていて、挙げていなかったことに気がつきました。この曲は芹洋子の持ち歌のような感じで受けとめていましたが、この..
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花咲く乙女たち昭和39年(1964年)に舟木一夫が歌ってヒットした曲です。ちょうど東京オリンピックが開かれた年です。翌年に同名の映画が封切られているので、この歌をもとに映画化されたのでしょう。 舟木のやさしく..
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有難や節守屋浩が先月亡くなりました。享年81歳だそうです。守屋浩はわたしが小学生のころ活躍していたたいへん懐かしい歌手です。追悼して守屋浩の代表曲のひとつ『有難や節』をお送りします。 守屋浩はもともとロ..
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夜明けの停車場昭和47年(1972年)に石橋正次がうたってヒットした曲です。停車場なんてことばは今では使わないので、昭和を感じてしまいます。いや、わたしは当時も使った覚えはないですが・・・。 このころ映画やテ..
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熱き心に昭和60年(1985年)小林旭が歌ってヒットさせました。「オーロラの空の下」と雄大な自然を相手に大きな夢に立ち向かう男の心を歌ったものと永く思っていました。加山雄三の『旅人よ』と共通するイメージがあり..
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人形の家先月弘田三枝子が亡くなりました。享年73歳だそうです。ご冥福を祈りながらここで彼女の最大のヒット曲『人形の家』を取りあげます。 この曲が発表されたのは昭和44年(1969年)でした。弘田三枝子は..
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雨の中の二人橋幸夫は昭和35年(1960年)に『潮来笠』がヒットして以来しばらくは股旅物と呼ばれる旅のやくざを主題にした歌が多かったようですが、昭和37年(1962年)には吉永小百合とデュエットで『いつでも夢を』..
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アカシアの雨がやむとき昭和35年(1960年)に西田佐知子が歌ってヒットした曲です。「アカシアの雨にうたれて このまま死んでしまいたい」という歌詞にものすごいインパクトがありました。わたしは当時まだ9歳でした。当時は醒めた..
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手紙ただ手紙というと何の手紙かわからないけど、これは別れの手紙です。いっしょにくらした二人が何らかの理由で(歌詞では理由がわからないと言っている)別れるという内容です。わざわざ手紙に書くということは書き置..
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スーダラ節わたしが子どものころは高度成長経済といって、戦後の復興をへてどんどん経済が成長していくさなかでした。今となってみると、社会全体が前向きで明るい未来を目指していたような気がします。「金は天下の回りもの」..
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船頭小唄(枯れすすき)『昭和枯れすすき』はもともと『枯れすすき』という大正時代にできた曲のイメージをもとに作られたということを前回書きました。ウィキペディアによると、『枯れすすき』は大正10年(1921年)に野口雨情作詞、..