記事「歴史」 の 検索結果 41427 件
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イギリス革命(23) 「真正水平派」の登場この連載もあと3回で終了です。イギリス革命のここから先は、漫画の今後の展開にも関わるところなので、ネタバレにならないように、あえて結論部分を書かないようにしているところもあります。その点、どうかご了..
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イギリス革命(22) 水平派への弾圧とアイルランド侵略長い間イングランドに圧迫されていたアイルランドは、チャールズ1世の時代にストラッフォード総督によってさらに過酷な支配を受けていました。しかし、1641年10月に起こった農民の蜂起をきっかけに、「アイ..
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イギリス革命(21) 第二次内乱とそれがもたらしたもの国王は議会の「長老派」・「独立派」・「水平派」の対立を知って、それを利用しようとしました。もとより国王に妥協的であった「長老派」は、人民主権を謳う「水平派」に怖じ気づき、国王に接近しました。一方、「..
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イギリス革命(20) 水平派の綱領「人民協約(agreement of the people)」「水平派」の思想を最もよく現しているのは「人民協約」という文書です。 この文書の正式名称は「共通の正義と自由に基づく堅固で現に存在する平和のための人民協約」といいます。この名前からも、「人民協約..
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イギリス革命(19) 「水平派(レベラーズ)」の由来──1607年の農民運動「水平派(レベラーズ)」という言葉が、イングランドの歴史で登場したのは、これが初めてではありませんでした。 イギリス革命(7) ジェームズの「自由な王国」で、「囲い込み(エンクロージャー)」..
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イギリス革命(18) 「水平派(レベラーズ)」の登場1645年6月に「第一次内乱」が終わり、国王に対して「勝利」したものの、人々の暮らしは楽になりませんでした。議会は国王軍と戦うための費用を捻出するために、生活必需品に消費税をかけていました。最初人..
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イギリス革命(17) 第一次内乱──クロムウェルの「鉄騎兵」と「新模範軍」の登場1641年8月22日、国王はイングランド北部のノッティンガムで挙兵しました。この時から、全イングランドが国王派(「騎士党」)と議会派(「円頂党」)に分かれて内乱に突入しました。 当時の貴族は髪を..
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イギリス革命(16) 内乱の開始──「五議員事件」日本国憲法 第50条には、こんな規定があります。 第50条「両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放し..
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イギリス革命(15) 革命の序幕── 「長期議会」の始まり1640年8月、国王はスコットランドと「第二次主教戦争」に踏み切りました。1639年に2万人の軍隊で実質的な敗北を強いられたというのに、今回はわずか3000人ほどしか集めることができませんでした。こ..
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イギリス革命(14) スコットランド「主教戦争」と議会の再開チャールズ1世はスコットランドの王でもありましたが、スコットランドはイングランドとは異なる議会、宗教、軍隊を持ち、完全に独立していました。 1637年、イングランドのロード大主教は、スコット..
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イギリス革命(13) アイルランドへの「徹底政策」チャールズ1世の寵臣ストラッフォードは1633年にアイルランド総督に任命され、1639年には「ストラッフォード伯爵」の称号を得ました。(というわけで、正確に言えば1639年以前の彼の名前はトマス・ウ..
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イギリス革命(12) 「船舶税」問題国王にとっての議会の存在意義は、新しい租税を承認させることでした。しかし、議会を解散させてしまった以上、普通の手段で新しい租税を設定するわけにはいきません。議会に頼らずに資金を得るために、国王と寵臣..