記事「歴史」 の 検索結果 41397 件
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この国の神と仏と...。正月の街の風景と云えば先ずは「人出に混雑」。 例えば初詣、毎年 年末から年始に掛けては 延べ 8千万もの人が繰り出しているが、これら善男全女の行く先は決まって、神社仏閣であり あとは初日の出の見物だ..
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江戸幕府の老中職老中(ろうじゅう)と云えば、時代劇で観る あのお奉行様をも差し置いて上座に座る幕府の重要な職。 ...家康が征夷大将軍に就き江戸幕府を開いたのは 1603年。 大坂夏の陣が終わり、江戸幕府の骨格が整..
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東周りのキリスト教「景教」以前、と云ってもかなり前で未だ華国鋒さんが中国の主席だったころ、清話会の西安視察団の一員として北京~西安~上海を訪問したコトがあった。 西安での一日、休日の自由時間に一人カメラを肩に市内に有る碑林..
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秋の色漸く秋になり周囲の風景も少しずつ変わり始めた。 ... そんな秋ではあるが、秋の期間って一体何時から何時までを云うの? 実は、秋の定義には色々あって、先ず 天文学で云う秋は秋分の日から冬至..
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温暖化に三夕(さんせき)9月も半ば 連日の猛暑にもようやく陰りが見え始めた。 ならば秋はもう直ぐかと云われてもそうはいかない。 この10年ほどは日本では夏が長すぎるためか秋は短くなり風情を楽しむ暇もなく、あっという間に季節..
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死生観にみる「死生観」とは最近よく聞く言葉である。 もちろん昔からあった言葉であるが実は 1945年の敗戦を境にあまり使われなくなっていたとある。 調べたところ、やはり敗戦後10年を経た 1955年(S30年)..
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二月は逃げ月?今年は閏年、暖冬だ やれ寒波襲来だと繰り返している内に あっと云う間に2月も半ばを過ぎた。 予報ではこの17日は西日本には大雪警報がでていて、実際に西では大雪が降ったが、関東平野にはまだ本格的な降雪..
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各々の 旅立ち源信は最澄や空海より凡そ150年後に活躍した浄土教の仏教僧である。 その彼が後年、比叡山麓の横川に隠遁して書き上げた書が「往生要集」(10世紀末)である。 いろいろな経典を読み、その中から極楽往生に..
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元号雑感元号が変わり半年経つが新元号を書いたのはまだ1回のみ、他は全て西暦で済ませた。 年号が変わり不便なのは昭和何年から今年で何年目と云う場合、算出には昭和の残り年数に平成を加えて令和を加えて答えを出さな..
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砂鉄のみち から因幡の国の千代川(せんだいがわ)流域を上下した司馬遼太郎は、鉄と稲作を結び付けながら「街道をゆく」の 7、27巻に「砂鉄のみち」を書いた。 ...先ずは、稲作の作業効率を上げるために農民が鉄を必要と..
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海難と漂流民海難と漂流民 日本列島周辺を流れる海流は、太平洋側では幅 100㎞、流速 2~2.5m/s の黒潮が房総半島の先まで北上、一方 北から南下して来た親潮は黒潮と衝突して共に東へと進む。 日本海側..
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旗本の実像旗本と云えば武士の中の武士。 ...旗本とは主君を護衛する親衛隊のコト、戦国大名の陣立てには必ず「旗本備え」 が有り常時相応の人数を配していた。 だが、平和が長く続いた江戸時代にあっては「旗本」..