記事「歴史」 の 検索結果 41397 件
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天保水滸伝の里JR成田線、笹川駅辺りから銚子の先の旧飯岡村に掛けての一帯は江戸の後期、世間を沸かせた天保水滸伝の舞台である。 勿論、上州高崎藩の飛び領だった銚子17ヵ村も そのしがらみから逃れるコトは出来なかった..
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小正月と 旧正月新年には、元日に続いて 5、7、15、20 の夫々の日に正月行事があった。...元々暦は、天文学的な要素と迷信の要素の双方から成り立つものだが、暦法に基づく本源的な行事は別として、現代の生活環境に合..
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武蔵型 板碑わが家の庭の隅に45×17×2cm の青色の小型の板碑 (いたび)がある。 考古学好きの知人が戦後 川崎市菅生の丘陵で発掘した板碑だが、時代を経たいま私がこれを菅生地区の任意の場所に戻せば後世の板碑..
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折れた刀子供の頃読んだ本に、日本刀と西洋のサーベルとの優劣くらべの話が載っていた。 内容は、並べられた3本のサーベルを日本刀で真っ二つに切断した云々...だった。 江戸時代、寛政の三奇人の一人、林子平も長崎..
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戦争と子供アブラ蝉の鳴声が心なしか大きく響く。 8月は7日の立秋を挟んで、あと先に季語の原爆忌が並ぶ。 6日が広島、9日が長崎の原爆被災の日である。 第二次大戦による日本兵の戦死者・不明者は 230万..
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列強を排したタイ国タイでは、訪問した先々で応接間や会議室に現国王の大きな写真が掲げてあった。 この国は1939年まではシャム国でその後 「タイ ( kingdom of Thailand )」 に改称した。 シャムと..
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忘れられた国 ”渤海”昔の便所は、足を踏み外すと落っこちそうで老人や子供にとっては危ない場所だった。 所が、もっと古い時代の遺跡で発見された ”土坑型貯留式便所” のその底に溜まった人糞の堆積物は、実は過去の生活情報の..
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砂漠からの贈物大陸からやってくる黄砂(砂塵) は花粉と共に春の厄介もの...。 昔から日本人は黄砂を、つちふる(霾)・よなくもり(霾曇り) 等と詠み、この黄砂を 季節判別のメルクマールとして捉えてきた。 ..
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雁よ!よみがえれ春先まで近くの川辺に棲んでいた数羽の雁が姿を消した、北の国へ戻ったのだろう。 温暖化の為か "雁の群"の飛来する南限が 200km以上も北上してしまい、最近は季節ごとの雁行を見るコトも無くなった。 ..
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奈良にも火山が..?京都経由で奈良に入るには、時間的には近鉄だが..途中下車や風景を楽しみながらのノンビリ旅をと云うなら断然 JRの関西線である。 西南日本を縦断する活断層の中央構造線は、紀伊半島では和歌山市と..
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朝鮮人参を巡ってソウル市内を流れる漢江の河口 38度線沿いに江華島という朝鮮半島史上 重要な島がある。 黄海に浮かぶ、種子島より小さい小島だが この島は朝鮮人参の産地としてよく知られる。 13世紀、蒙古軍に..
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ウナギのお喋り昨日はウナギご飯だったが鰻の旬もそろそろ終り。 ウナギが脂がのって本当に美味いのは土用よりも冬の寒い時期の様な気がする。 今年のシラスウナギ漁は終った。 シラスウナギとはウナギの幼魚のことで..